 <平成12年4月放送>
宗我部 「女性キャスターはきょうから、喜多ちひろさんが担当です。 喜多 「喜多ちひろです。今年の春大学を卒業したばかりで
わからないこともたくさんありますが、一生懸命がんばりますので
どうかよろしくお願いします」
宗我部 「喜多さんは、学校を卒業したばかりですよね。
そのフレッシュな力を番組に活かしていきたいと思います。」
『おはようとくしま』をご覧のみなさん、おはようございます。 2000年の4月から2002年の3月まで司会を務めた喜多ちひろです。

実際に始めてテレビに出たときには、立っているのがやっとで
宗我部さんが隣にいなかったら、倒れてしまったんじゃないかというほど緊張していました。
あんなに緊張したことはなかったというぐらい緊張しました。
<一番の思い出は阿波踊り>
私は、徳島生まれで徳島育ち。
で、阿波踊りは随分馴染んでいるはずなのに実際に踊ろうということになると
なかなか上手く踊れなかったんですね。
<四国放送連で踊る 平成13年8月>

たくさんのお客さんがいる中で、先頭で踊るのは緊張するかもって思ってたんですけども
隣をふっと見ると宗我部さんがとってもユニークな踊り方で阿波踊りを踊ってるんですね。
それを見た瞬間に、緊張はふっとんで「あ、これはみんなと一緒に楽しめばいいんだ。
阿波踊りはやっぱり気持ちで踊ればいいんだ」とスイッチが切り替わりまして
すごく楽しく踊ることができました。
<平成12年5月放送>
当時の人気コーナーだった、1人分のおかずを百円で作る「100円のおかず」 我々司会者はその料理の感想を言うことになっていたんですが
喜多さんは、相当苦労していたようです。
遠藤 「かつお。今がおいしい時ですね。刺身もたたきもちょっと食べ飽きたら
角煮もいいですね。」 喜多 「鰹の角煮って、こういう風にして煮るんですね。
意外と思ったより簡単にできそうですね。」
私は自宅に住んでいたので家事は、申し訳ないんですがほぼ母任せで
ごはんなども作ったことがなかったんですね。
ですから、でてくる旬の食材であるとかその裁き方であるとか
料理のことが全くわからなくって、聞くに聞けないというか、
こんなこと聞いたら恥ずかしいよね」ってこともわからなかったんですね。
それで、本屋さんに行って、こういうような「食材事典」というようなものを買ってきました。
結構重たいんですけれども。
牡蠣だったら、牡蠣の絵が出て、いつが旬でどういう栄養があって、
どうやって料理するんですよっていうのがわかりやすく書いてあったので
「これだ!」と思って
『100円のおかず』でわからない食材が出てきたら、
必ず家でこれをこっそり引いていました。
司会者になったときは、知らないことがあまりにも多すぎて
勉強して、また次の日またわからないことがでて、また勉強して
自分で何を勉強してきたのかなと、落ち込んだ時期もありました。
<平成14年3月 喜多さん最後の日>
遠藤「ホットラインをたくさんいただいています。」

現在もフリーのアナウンサーとして
ラジオの中継やイベントの司会、ナレーションなどの仕事などをさせていただいています。
これからも9千回からどんどんどんどん回を重ねていって
長寿番組の代表としてやっていっていただきたいと思います。 |