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1978年から1980年の4月いっぱいまで『おはようとくしま』の"ホステス"をさせて頂きました旧姓・立木陽子です。  
私が入ってすぐ2千回でしたので今回9千回ということはあれからもう7千回にもなるんですね。すごいなあと思います。
あの当時、大学を出てすぐだったので何もわからないまま、ただただ5時半に朝起きて冬はまだ真っ暗で「あ・・・」という感じでしたが今振り返ってみますと毎日毎日違ったことができてほんとうに楽しかったです。

私が担当しましたのは『あなたの広場』というコーナーでした。
毎週火曜日に、もうなくなりましたが丸新(デパート)前に行きまして武知さんと一緒にインタビューをさせていただきました。
武知 「今日は連休の過ごし方について、みなさんに聞いてまいりたいと思います。では、行ってみましょう」
買い物客 「子どもがいますから・・・子どもと遊びます」
立木 「えっ!? もうお母さんなんですね」 買い物客 「はい」
立木 「お子様、小さいですか?」 買い物客 「2歳」
立木 「じゃ、遠くなくても、近くでも喜ぶでしょう」
買い物客 「よく、遊園地なんか行きます・・・」
それから『テレビギャラリー』というのもありまして、いろんな、展覧会や催し事を主催者の方にスタジオにお越しいただいたり、私が出て行ってその
模様をご紹介させてもらいました。

「反省会」というのがありまして、「お前はなんで、こんなことを聞くんな!」とか
「テレビを見ている人が、ほんなん聞きたいと思っとんか!」と、よくよく怒られました。
プロデューサーが言うには「朝のこの7時から8時の時間帯はみんな忙しいんだ。
そういう時に、パッとテレビに釘付けになる、そんなことを聞けんのか」とよく怒られたことが印象的です。
『おはようとくしま』を辞めてすぐ結婚しまして、和菓子屋に嫁ぎました。
<徳島市徳島町 茜庵>
子ども達もすっかり大きくなりまして長男が26歳、長女がもうすぐ24歳と手が離れましたので今は社員の、高校を出てすぐ来た子を育てています。
和菓子はただおいしいだけでなく、日本の文化を伝える担い手になるのよと一生懸命、社員と考えています。
今、徳島では「遊山箱」がブームですよね。
そこで、大人の女性が持ってもあまり高くなくて素敵な遊山箱をひなまつりに備えの遊山箱を企画して売り出そうと計画しています。 |