2003/01/14 ふるさとの宝物 (33) 鳴門わんわん凧

けさは、鳴門市のわんわんだこをご紹介します。
特長は、なんといってもその大きさです。
わんわんだこは通常のものでも直径5メートルから8メートル、
大きいものでは直径20メートルを超える巨大なものもあり、全国でもこれほどおおきな凧は他に例がありません。

空を舞う豪快な わんわんだこはかつて全国にもその名を知られた鳴門の伝統行事です。

わんわん凧のおこりはいまから300年前の江戸時代。
鳴門の浜に、まぜ とよばれる南の強風が吹きよせる5月から6月ごろ行われていた行事です。
明治39年、日露戦争の勝利を祝う余興として行われたことから一躍、全国にその名を知られました。
巨大な凧がうなりをあげて空に舞う。
その豪快な様相は見るものを圧倒します。
(インタビュー)
鳴門大凧保存会 藤中梅雄さん74
             丸い凧は世界でひとつ
             魅せられる

鳴門市岡崎。
潮風かおるこの街が、わんわんだこ発祥の地です。
元禄元年の1688年、蓮花寺本堂の棟上式で大工の棟梁が直径およそ 2.5メートルの自作の大凧を揚げたことがはじまりです。
「わんわん」という風変わりな名は朱塗りのお椀をかたどったことからそうよばれたものです。
凧のふちを赤く塗るのもこのためです。
その後、鳴門では浜に強風が吹く季節のたび競ってわんわんをつくりました。
天高く舞い上がるほどひとびとも凧揚げに熱を上げ、寸法も、どんどんと大きくなります。
最盛期の昭和10年には直径およそ23メートルの巨大なものまで登場しました。

浜は見物人で埋まり酒やぼたもちまでふるまわれる盛況ぶりでした。
しかし、戦争という暗い雲が日本全土をおおい、昭和12年、わんわんはその姿を消しました。

戦火から35年後の1980年。
かつての伝統を復活させようと有志が集まり、大凧保存会が発足しました。

メンバーは現在28名、職業や年齢もさまざまです。
保存会では、7年前から元旦にたこあげをおこなっています。
しかし昨年は会員ふたりが亡くなったため中止され、今回が2年ぶりです。
材料には 真竹を使います。
節と節の間が長くねばりがあるため、凧の骨に最適です。

これを細く裂き、さらに身の部分を そぎ落とします。
こうすれば、軽い上、しなやかで折れにくい骨ができあがります。
組み立てる凧は直径4.5メートル。
わんわんの中では、小ぶりです。
わんわんには、ほかの凧には見られない工夫が随所にみられます。
和紙の一枚は縦45センチ、横30センチ。
わざと小さめに切って、張り合わせ破れにくいようにしてあります。
また形は、よく見ると横長の楕円です。
凧は風を捕らえるよう左右をロープで縛り、反らせます。
あらかじめ楕円にすることで空に上がったとき、凧は完全な円形に見えるのです。
図案は、松竹梅、そして新年の干支、ひつじをあしらいました。

製作開始から3日で完成です。
凧は巻き取って保管します。
全国に数ある凧のなかでも巻き取ることができるのはこの、わんわんだこ だけ。
大きくても持ち運びや保管に便利なよう考えられた先人の知恵です。

(2003年1月1日)

朝6時、会員たちが浜に集まりました。

 これでいける

引き手は総勢20人、いよいよです。

 いったぞ!引くな

舞い上がったものの、上空の風が止みました。

失速すれば墜落してばらばらです。

 もどせ!

ここ一番、引き手がふんばります。
無風のなか、たこはゆっくりと降りてきます。
墜落だけはなんとかまぬかれました。

再び挑戦です。

 いったぞ!

見事 成功です。
みるみる風にのり、高さは80メートル、伝統の凧が、鳴門の空に舞った瞬間です。
午前7時10分、日の出です。
新年にふさわしい、おごそかであたたかな光の海です。

(インタビュー)
 保存会会長 藤中さん 
              
 伝統をおしえる
 子供よろこぶ

300年前、潮風吹きすさぶここ鳴門で生まれたわんわん凧。
空を舞う豪快なその姿に、心かきたてられるふるさとの宝物です。 


A.JPG (3897 バイト)

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