2002/11/05ふるさとの宝物 (27) 犬飼農村舞台
「ハイビジョン撮影」。画像はクリックすると拡大できます。
けさは徳島市八多(はた)町にある犬飼農村舞台をご紹介します。
江戸時代から昭和の初期にかけて庶民の娯楽として人気を博した歌舞伎や人形浄瑠璃を上演する場として作られたのが「農村舞台」です。全国一「農村舞台」が多かった徳島県でも娯楽の移り変わりともに舞台のほとんどが使われなくなりその数も減り続けています。
そんな中、国の重要有形民俗文化財に指定されている犬飼農村舞台は舞台としての「つくり」を原型に近い形でとどめ、現在も毎年、上演が行われている数少ない農村舞台です。徳島市八多町の五王(ごおう)神社の境内に太棹三味線の伴奏と義太夫節が響きます。
11月3日は五王神社の秋祭り。
みこしやだんじりを持たない五王神社では、境内の犬飼農村舞台で神に奉納するための舞台上演が行われます。
上演されるのは地元の人形座による「人形浄瑠璃」と、氏子たちによって継承されてきた「ふすまカラクリ」と呼ばれる見世物です。
今年も県内外から集まった500人を越える観客を前に4時間にわたって上演が行われました。
みかん畑が広がる徳島市八多町の五王神社境内に犬飼農村舞台はあります。
今の建物は明治の初めにたてられたといわれています。
舞台は木造よせむね造り、かやぶきの屋根は今は鉄板で覆われています。
鎮守の森にひっそりとたたずむ木の舞台です。
舞台が静かなねむりから目覚めるのは上演前日。雨戸がはずされ、やっと舞台らしくなった姿が秋の日に照らされます。
(インタビュー 建築家・森兼三郎さん)
この舞台は民家風の建物様に素朴だが
本来「舞台」と言えば歌舞伎の舞台と人形芝居の舞台がある。
この舞台は両方に対応できるような機構になっている。
しかもその奥には、ふすまを使ったからくりがあると、いうことが評価された。全国各地に作られた農村舞台の多くが歌舞伎用の舞台であったのに対して、徳島に作られたほとんどの農村舞台は人形浄瑠璃のためのものでした。
太夫座(たゆうざ)です。
人形浄瑠璃を演じるときの太夫(たゆう)と三味線ひきのための席で舞台上手の一段高いところに作られています。
神への奉納が目的であるため犬飼の太夫座も神社の本殿を向いています。
県内の農村舞台の中でも犬飼にしか見られない人形浄瑠璃のためのつくりがあります。「舟底舞台(ふなぞこぶたい)」です。
これは舞台の最前列、二の手が床より低く作られている仕組みをさします。最前列の舞台を低くする事によって後ろの本手が高くなり同時に行われる芝居を見やすくします。
さらに舞台全体の奥行きを強調する事が出来ます。
階段状の舞台はもうひとつ犬飼にだけ見られる独特の空間を生み出しました。
舞台の下にある「舟底楽屋(ふなぞこがくや)」です。上演の際人形遣いのための楽屋となります。
地面を40センチほど掘り下げ、舟の底のように土を固めて作られています。
境内が狭く楽屋を作ることができなかった犬飼ならではの、上手い空間の使い方です。
年一回の上演も終盤。
観客の視線がいっそう舞台に注がれます。
クライマックスの「襖(ふすま)カラクリ」です。130枚以上の襖を使って42種類の図柄を変化させます。
襖のからくりは本来、人形浄瑠璃の舞台背景を変える仕組みでした。
しかし、全国でも類をみない大規模なからくりを持つ犬飼農村舞台では、からくりそのものを見世物として上演しています。襖は明治時代、京都や徳島の絵師によって泥絵の具で描かれました。
景色や動物、花、文様などが素朴なタッチで描かれています。
回転して別の図柄に変わる「田楽返し」。
さらに襖は引き上げられ別の図柄が現れます。
舞台の中で犬飼農村舞台保存会のメンバーが襖を操ります。
屋根裏は襖を吊り上げる空間として利用するため梁がありません。
からくり場には襖を通すための敷居が何列もあります。
滑りやすくするためロウをひき襖をのせます。
多彩な動きを繰り返しながら襖は奥へ行くほど小さくなり、遠近感を強調して狭い舞台を広く見せます。(インタビュー 犬飼農村舞台保存会・五王愛博さん)
おやじに釣れてきてもらって「あ、すごいな」と思って15歳からやりかけて、「いいな」と思ってやっています。古いものは大切にしましょうという気持ちでやっています。
映画などの台頭で農村舞台は、過去のものとなってしまいました。
300以上あった農村舞台のうち県内で今も上演を続けているのは犬飼を含め2カ所だけとなりました。
犬飼農村舞台、庶民の娯楽が変わり行く中今も多くの人々を集め続ける「ふるさとの宝物」です。