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2002/10/23 ふるさとの宝物 (25) 小松島市 大本瑞雲教 別院 碧庵

「ハイビジョン撮影」。画像はクリックすると拡大できます。

けさは小松島市金磯町にある 大本瑞雲卿別院 碧庵(おおもと ずいうんきょうべついん へきあん)をご紹介します。
大本瑞雲卿別院 碧庵は、江戸時代の御殿を改築し茶室に利用している、茶の湯の世界では知らぬもののいない建物です。


大本瑞雲卿別院 碧庵(おおもとずいうんきょう べついん へきあん)は、約200年前の書院風数奇屋づくりの建物です。
もともとは、この地で新田開発を手がけた多田家が、徳島藩主 蜂須賀公の避暑用の御殿として建てたもので、後の昭和35年、大小4席の多様な間取りをもつ茶室に改築されました。

( インタビュー)

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建築家 野々瀬徹さん 

軽快瀟洒(けいかいしょうしゃ)な数寄屋風の建築で、新しい4つの茶室を設けて一大茶境の こういう見事な茶室、茶の世界は、徳島はもとより全国でも珍しい。

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木立のなかの庵。
侘び茶の世界にふさわしい閑静なたたずまいです。
庵の北側、松林の向こうはもう海です。

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紺碧の海。
茶室 碧庵の名は、小松島の海の色からつけられました。

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建物の東側、待合です。
茶会の客はまず、この待合に通され、衣服の乱れを正して他の客が揃うのを待つのです。
藩政時代、ここは藩主の居間として使われていた場所です。
欄間を飾る彫り物は、桑の木の一枚板です。
御殿建築にふさわしい吟味を尽くした材料と確かな技術が生かされています。

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なだらかな築山を設けた日本庭園。
かつて藩主蜂須賀公がめでた安らぎの光景です。

茶の湯の世界の入り口は、高さ2尺3寸、幅2尺2寸。
人ひとりがやっと通れるこの躙口(にじりぐち)です。

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4つの茶室のひとつ、一畳台目( いちじょうだいめ )です。
広さはわずかに一畳半。
ここには、かの千利休が究めた、わび茶の心が凝縮されています。
客との交わりを深めるため極限まで狭く作られた茶室。
その一方で、柱や窓は立体的に交差し開放感を与えています。
また、ゆがみのある柱や穴は自然界の躍動感を現わしたものです。
わずか一畳半の空間に、宇宙の無限のエネルギーをあらわすこの茶室は、日本文化の高い美意識を形に変えた、まさにひとつの芸術品です。

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庵の中心に位置する茶室。
碧庵です。
建物と同じ名がつくこの三畳台目(さんじょうだいめ)が、濃茶で客人をもてなす、本席です。
頭上を覆う幾何学模様はあじろ天井です。
杉のへぎ板を編みこむ しつらえは今では真似のできない、たくみの技です。

茶の湯とは、ただ湯をわかし茶をたてて 飲むばかりなる もとを知るべし

約500年前、開祖 村田じゅこうによってはじまり、千利休によって大成した茶の湯。

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日常をはなれ、茶室という特別な空間でつかの間のひとときを楽しむ、侘び茶の世界が、いまもここ、碧庵で受け継がれているのです。

(インタビュー) 野々瀬徹さん

長い日本の伝統で考えると、何百年とかけて古い建物に新しい命を与えていく、建築を継承する世界があった。碧庵は日本の良い建築の伝統をみごとに体現している。こういう建築の作り方は、これから環境の時代と呼ばれる中で持続可能社会を造って行かなくてはならなないが、そういう時代のモデルになる。教科書になる、建築のすばらしさと共に作り方のすばらしさ、歴史の継承の仕方のすばらしさの教科書になると思う。

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藩政時代の御殿に茶室という、新たな命が吹き込まれた小松島市・大本瑞雲卿別院 碧庵。
うつりかわる時代の中でも枯れることのない、侘び茶の精神を伝えるふるさとの宝物です。

撮影日 10月17日 


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