2002/04/09 ふるさとの宝物 (2) 三河邸
第2回のけさは
徳島市富田浜の住宅、三河邸です。
徳島の方なら一度は目にしたことのあるあの洋館は、
19世紀ヨーロッパの貴族の館や
城郭をモデルに、昭和3年建造された国の登録文化財です。
( VTR スタート )
( 音 トリキリ )
徳島市富田浜
三河邸は、
戦前に建てられたドイツ風邸宅としては全国でも珍しく、
四国で現存しているのは
ここと、松山にある住宅の2軒だけです。
赤がわらに黄色の壁は、
19世紀、ドイツや北欧にみられた住宅様式です。
勾配がきつい切妻屋根は
東西、南北に複雑に組み合い、
見る方向でその趣が変わります。
そそり立つ物見やぐらは、
中世ヨーロッパの古城を連想させます。
これは10世紀から12世紀ごろ、
ヨーロッパ各地で流行した
「 ロマネスク 」といわれる建築様式です。
グロテスクな魔よけが
訪れる者をじっと見下ろしています。
当時徳島の土地は、周囲が和風の建築とか田園地帯だった、そこにいきなりドイツの本物の建築を作ったわけです。今であるなら、超高層ビルができたような衝撃がある、革新的な建物がこの地にできた。
この館を建てたのは、当時、産婦人科の医師だった
三河義行(みかわよしゆき)さんです。
三河さんは大正時代、ドイツのベルリン大学で2年間学んだあと、
放射線治療など最先端の医療技術とともに
多くの西欧文化を徳島に持ち帰りました。
( 音 トリキリ )
半円形のアールが美しい、玄関ホールの扉。
( 音 トリキリ )
ステンドグラスが、差し込む光を和らげます。
( 音 トリキリ )
床は一面、カラフルな幾何学模様です。
使われているのはドイツ製のモザイクタイルです。
74年たった今も、はがれやヒビさえありません。
建築当時の確かな技術が今も生きています。
( 音 トリキリ )
ホールは3階まで吹き抜けです。
それを取り囲むように階段があります。
壁には柱を並べたように丸いアーチを開け、
空間を立体的に表現しました。
個人の住宅とは思えない、贅沢なしつらえです。
また、館内の施設も当時の最先端でした。
温室やビリヤード室などの娯楽施設のほか、
水洗トイレやバスルーム、
さらには蒸気を全館に行き渡らせて暖房する、
セントラルヒーティングのシステムまでありました。
三河邸はまさにヨーロッパ文化のすべてが結実した、夢の住宅だったのです。
三河邸は戦後、その一部が病院として使われていたことがあります。
一階奥に、その名残をみつけました。
( 音 トリキリ )
2階ホールです。
奥の扉はテラスへと続きます。
( 音 トリキリ )
イギリスやアメリカの洋風住宅とは
一線を画す、独特のたたずまいです。
最上階、3階からのながめです。
眼の前に広がるドイツ風の庭園、
さらには、新町川や市内の町並みまで見渡せます。建築家・野々瀬徹さん
かちどき橋、県庁の辺りから見ると、前の新町川と背後の眉山、風景に調和したきれいな建物だと思っただろう。しかも今までにない近代的な、異国情緒ある建物で、たぶん当時の人はこれからこういったものが徳島や日本に増えていくんだろうなぁという思いをみんなが持ったのだろう。
建造から74年が過ぎた今も、
三河邸は住む人の手によって
当時の姿のまま残されています。
徳島でただひとつのドイツ風邸宅、三河邸。
戦前戦後を通じ、西欧文化のシンボルとして
その堂々たる姿を今に伝えてきた
ふるさとの宝ものです。