2000/12/21

徳島の20世紀 〜47〜災害の100年


南海道地震 海南町浅川地区 1946/12/21

第二室戸台風 1961/09/16

昭和50年集中豪雨 1975/08

阪神淡路大震災  1995/01/17


  徳島大学大学院工学研究科・教授 村上仁士さん

昭和21年12月21日、ちょうど54年前のきょう
徳島は南海道地震という悲劇に見舞われました。

この地震では主に県南部で津波による被害が発生し
海南町で85人、牟岐町で53人など
県内で実に202人が亡くなりました。

その南海道地震だけでなく徳島は
台風や大雨による洪水、土砂崩れなどの
自然災害によって大きな被害を受け続けてきました。

まさに一面では20世紀は災害と人々との
闘いの歴史だったとも言えます。
シリーズでお伝えしています徳島の20世紀。
けさは災害の100年を振り返ります。

スタジオには災害について詳しい
徳島大学大学院工学研究科教授の
村上仁士先生にお越しいただいています。

村上先生に徳島の自然災害の特徴を聞く。

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村上教授 徳島県と自然災害について


自然災害は一瞬にして人の命を奪ってしまったり
平和な生活を崩壊させてしまうことも少なくありません。

地震や台風、大雨などについての思い出などを募集。

さて、徳島の災害の歴史を語る上で欠かすことができないのが
昭和21年の南海道地震です。
当時、最も被害の大きかった
海部郡海南町の浅川地区を訪ねました。

(VTR)

浅川地区リポート
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海南町浅川の漁業、藤枝彦伸さんは
浅川で生まれ育ち今年72歳になりました。
藤枝さんは18歳の時南海道地震を体験しました。

津波のごう音が聞こえる中
藤枝さんは近くの山へ無我夢中で走りました。
怖くて一度も後ろは振り向かなかったと言います。

夜明けまでの時間は藤枝さんにとっては
本当に長く感じられました。
明るくなって避難場所の山頂から見た浅川地区は
その前の年、戦災で焼け野原となった
徳島駅前と同じように見えたと言うことです。
浅川地区の犠牲者は実に85人。
まさに壊滅的な被害でした。

Real Player 

(スタジオ)
村上先生コメント

さて、この南海道地震をはじめとして
100年の間には様々な自然災害が県内で起こっています。
その中から主なものを表にまとめました。

明治40年2月。
県内に大雪が降りました。徳島市の積雪は42センチ。
今なお徳島市の最高記録です。

大正元年9月。
台風による高潮が発生し、板野郡などを中心に
死者81人を数えました。

昭和9年9月21日。
のちに室戸台風と呼ばれる
猛烈な台風が四国を襲います。

(VTR)
この映像は、台風通過直後の
室戸岬近くで撮影されたものです。
高知県の室戸岬への上陸時には
当時の世界最低気圧・911ミリバールを
記録するなど、この台風は
ものすごい勢力を持った台風でした。
徳島県内でも40人に近い犠牲者が出ました。

(スタジオ)
戦災直後の昭和20年9月には
枕崎台風が大きな被害をもたらしました。
戦災後のバラック小屋はほとんど壊され
県内では44人の死者を数えました。

昭和21年12月には
南海道地震が徳島を襲います。

そして昭和25年9月には、ジェーン台風、
翌26年10月にはルース台風が被害をもたらしました。
戦後しばらくはジェーン、ルースというように
外国人女性の名前が台風につけられていました。

昭和34年9月には名古屋を中心に
全国で5千人を超える死者を出した伊勢湾台風が
日本を横断しました。徳島での死者は4人でした。

昭和35年5月24日には
チリ地震による大津波が日本各地を襲い
県内でも県南を中心に大きな被害をもたらします。

(VTR)
県内では、特に阿南市橘町で大きな被害が出ました。
海岸沿いの道路では
波の高さが1.6メートルに達し
全町の75%が被災、50%が床上浸水しました。
ごらんの映像は津波直後の復旧の様子です。
被害を受けたのは実に1055戸にのぼりました。

(スタジオ)

村上先生コメント

チリ地震津波の翌年、昭和36年9月には
台風としては徳島に戦後最大級の被害をもたらした
第二室戸台風が徳島を襲いました。

(VTR)

室戸岬に上陸後、徳島県東部を通って阪神間をぬけた
第二室戸台風は県内に記録的な高潮被害をもたらしました。
徳島市の瞬間最大風速は38メートル。
雨は木頭で1000ミリを越えました。
県内での犠牲者は11人。
家屋全壊253戸。床上浸水2万5313戸という
被害を残しました。
この年完成したばかりの
徳島市の立体交差道路も水浸しになりました。


1961年9月16日第二室戸台風襲来 (拡大できます)

Mar_red.gif (463 バイト) 関連ページ「なつかしの徳島スペシャル」2001/10/26 第二室戸台風の被害状況と由岐町伊座利への救援物資投下など


(スタジオ)

村上先生コメント

さて、台風は毎年のようにやってきていますが
その中でも、昭和50年、51年と
2年連続で大雨による大規模な土砂災害が発生した
美馬郡穴吹町を取材しました。

(VTR)

昭和50年8月集中豪雨

昭和50年8月、台風6号が紀伊水道を北上し
県内に集中豪雨をもたらしました。
特に美馬郡では山崩れや穴吹川のはんらんが起こりました。
穴吹町口山の貞野孝治さんは
このとき、家の前を流れる穴吹川の
急激な増水を目の当たりにしました。

日本有数の清流として知られ
ふだんはおだやかな穴吹川が
このときは恐ろしい暴れ川へと変わりました。
みるみるうちにあふれ出した濁流は民家へと迫りました。
道路を挟んで穴吹川と面している
貞野さんの家も被害を受けました。

翌、昭和51年9月。
台風17号の集中豪雨が再び穴吹町を襲います。
大雨は7日間に渡って降り続き
穴吹町の古宮地区などで大規模な土砂崩れが相次ぎました。

(スタジオ)

村上先生コメント

さて、昭和59年1月末には
徳島市内で18センチの積雪があり
市民生活に大きな影響を与えたということもありました。

徳島市で積雪が10センチを越えたのは
このとき16年ぶりでした。
交通機関は大混乱しバスは全面ストップ。
鉄道も乗客を乗せたまま途中の駅で立ち往生と
いう列車も相次ぎました。
学校も臨時休校が相次ぎ、
南国ゆえの不慣れな雪に対するもろさを
見せつけた大雪となりました。

(スタジオ)

平成7年1月には
阪神淡路大震災が発生し、
未曾有の大惨事となりました。
県内でも震度4が観測され
鳴門市内なっで家屋に被害が出ました。


Mar_red.gif (463 バイト) 関連ページ 阪神淡路大震災 

Mar_red.gif (463 バイト) 関連ページ 南海地震から55年 2001/12/21


村上先生のコメント

けさは、シリーズ徳島の20世紀の47回目として
災害の歴史を振り返りました。


資料提供 (敬称略)

司会
遠藤彰良、宗我部英久、喜多ちひろ

制作 
井上彰夫


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