増川小学校の百年
(VTR)
三好郡三好町の増川小学校は
現在のところに移転してからちょうど100年にあたるとして
昨年12月、記念式典を行いました。
しかし今年3月、
これからの地、新入生が見込めないため
休校に追い込まれました。
過疎化による休廃校はこのところ急速に進んでまいりました。
(スタジオ)
けさの「徳島の20世紀」は
進行する過疎化によって次第に消え行く
山間へき地の小学校にスポットを当てます。
これは、6・3・3制が施行された昭和23年から現在までの
学校数の推移をグラフに表したものです。
過疎化の現象が見られはじめたのは
戦後のベビーブームの影響がおさまった
昭和38年(1963年)頃からです。
それまで350校前後を維持していたのが
1校、2校と減っていきます。
最近では少子化も加わり
ますます過疎化に拍車をかけてまいりました。
昨年度は三好町の増川小学校など5校が休校となりました。
ベビーブームの影響が落ち着いた昭和38年から現在までの間に
108校が廃校または休校になっていきました。
へき地の小学校は、単に教育の場だけでなく
地域における文化の中心でもあります。
そこには、様々なドラマがありました。
それでは先月23日に休校となった
三好町立増川小学校の場合をご覧いただきましょう。
(VTR)
*遠藤リポート
*増川小学校の歴史と四季
*生徒の作文紹介
3月23日の休校式に備えて全校児童、といっても
5人ですがみんなで増川小学校のシンボルとも言える
春ニレの木を製作することになりました。
縦3m60センチ、横1m80センチの大きな紙に
手分けして書き込みます。
春ニレの大木は学校が建つ前からあったもので
ここが南限といわれています。
5人にとっては広すぎる運動場で
思い切り羽を広げることができます。
*児童、先生へのインタビュー
75戸、211人の増川地区。
山腹にはり付いたように
ポツリ、ポツリとある民家。
若い人たちは故郷を捨て、まちに出て行きました。
*卒業生のインタビュー
先月23日。
生徒が思いを込めて製作した
春ニレの絵を背景に休校式が行われました。
明治25年に創立され、
明治32年に現在地にうちってちょうど100年目に
増川小学校は歴史の幕を下ろします。
*児童の声
かつて、昭和33年には146人の生徒を擁した増川小学校ですが
押し寄せる過疎化の波に逆らうことができませんでした。