2009/06/10 水曜日  No.9315

鉄を叩いて40年、鍛冶職人・大久保喜正さん

 

鍛冶職人が創りだす手打ち刃物とは
どんなものかをご紹介します

 


時間をお金に換算して考えてみます

 

 

 
コーナー

内 容

幼稚園児がドライバーに花束

小原流・林豊文さん「初夏の庭先」
最近のホットラインから アオウミガメの名前 募集中!「モラスコむぎ」

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モラスコむぎ
TEL/0884-72-2520
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なつかしの徳島

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ホットラインから

アオウミガメの名前 募集中!

けさの生け花

「初夏の庭先」



 

鉄を叩いて40年、鍛冶職人・大久保喜正さん


遠藤
けさの特集はまず、この曲を聴いて下さい。

♪しばしも休まず つちうつひびき(曲)
♪飛び散る火の花(遠藤さん口ずさむ)

何の曲か島川さん、知ってますか?

島川
う〜ん、聞いたことないですねえ。

遠藤
かつての文部省唱歌で答えは「村の鍛冶屋」という曲です。
小学校の音楽の時間で習いました。
しかし、時代の移り代わりとともに子どもたちが、鍛冶屋の仕事ぶりをイメージしながら歌おうにもイメージすることさえ難しいとして昭和60年には、音楽の教科書から完全に消えました。
その背景には、農業の機械化が進んで鍬や鎌などの農具の需要が減ったことや工場で大量生産される包丁が出回るようになった影響で鍛冶屋自体の数が減ったことがあります。
こうした中、この懐かしの曲、「村の鍛冶屋」の原風景をそのままとどめている鍛冶屋が勝浦町にあります。
  
宗我部
主は、鉄を叩いて40年、祖父の代から数えると3代目という鍛冶職人、大久保喜正さんです。
今では数えるばかりとなった鍛冶職人が創りだす手打ち刃物とはどんなものか、じっくりとご覧ください。

(VTR)

勝浦町三渓。
5月下旬から6月はじめにかけて蛍が飛び舞う坂本川のすぐそばに無人のショールームがあります。
鍬などの農具や包丁が並んでいますが看板がないと、ここが鍛冶屋だとは気付かないかもしれません。
    
( 音いき  カンカン )
  
ショールームのすぐ隣にある作業場では、鉄を叩く音が響いていました。
大久保喜正さん、57歳。
大久保鍛冶屋の3代目です。
高校を卒業してすぐに家業を手伝いはじめ、今年で40年目を迎えました。
  
( 音いき  喜正さんインター )
   
喜正さんは、卓越した技能が認められ4年前には、県が認定する「阿波の名工」にも選ばれました。
 
喜正さんが作る道具は、農具から刃物まで種類も豊富ですが、中でも包丁は、手打ち刃物として県の「伝統的特産品」に指定されています。
使いやすさを追求した形とその切れ味は、プロの料理人からも信頼を得ています。
 
徳島市富田町にある寿司屋を訪ねました。
 
( ポーズ )
  
大将の蔭井福夫さんは、20年来、大久保鍛冶屋の包丁を愛用しています。
 
( 音いき  蔭井さんインター )
  
鰻を開くときに使う「切り出し」から刺身包丁まで、店で使う包丁はすべて大久保さんの作るものです。
切れる包丁は寿司職人の命で切れない包丁とでは味が全く違うと言います。
   
( 音いき  蔭井さんインター )
  
信用は代々受け継がれてきた技に裏打ちされています。
  
包丁は、棒状の鋼と軟鉄から作ります。
  
まず、コークスを燃料に包丁の刃の部分となる鋼を熱します。
喜正さんが使っているのは、「青紙」という鋼で切れ味が長持ちするのが特徴です。
1000度まで熱した鋼をベルトハンマーで薄く伸ばしていきます。

次に、軟鉄も1000度まで熱した後、鋼を差し込む溝を作ります。
 
こうしてできた溝に接着剤の役目を果たす薬品とともに鋼を入れます。
薬品はハンマーで叩くうちにすべて消えてなくなります。
 
形を整えていく時の温度管理は、重要なポイントで高すぎると、鋼がもろくなります。
  
最も適した温度は1000度。
長年の経験と勘で、頃合いを見極めます。
目安は、熟したみかんのような色になる瞬間です。
 
次に、「押し切り」という道具を使って余分な厚みを切り取ります。
  
手鎚で歪みを直したあとは「水打ち」。
水蒸気爆発を利用して表面に付いた酸化被膜を取り除きます。
 
( 音いき カンカン、喜正さんインター)
  
一度熱した包丁を灰の中で時間をかけて冷まします。
こうすることで、鋼の粒子が揃い粘り強い鋼になります。
  
十分に冷えたら、刻印を打ちます。
勝浦町をしめす、勝の字。
この地で代々、包丁を作り続けてきた誇りが刻み込まれています。

( 音いき 喜正さんインター )
  
( ポーズ )
  
( 音いき 喜正さんインター)
  
失敗すれば、それまでの工程が一瞬にして台無しになる最も難しい仕事です。

焼き入れは、800度に熱した包丁を水で急激に冷やして、鋼を固くする作業です。
温度が20度違うだけで使い物になりません。
 
( ポーズ )
 
( ポーズ 焼き入れ)
  
水につけるまでわずか1秒の早技です。
  
( 音いき 喜正さんインター)
  
焼き入れで固くなりすぎた鋼に弱い熱を加えて適度な粘りを与えます。
この時の最適な温度は、水を垂らしたときに弾けて、水球が転がるぐらいです。
 
焼き入れでできた歪みを手鎚で丁寧に直します。
「手抜きせず、ひとつひとつ丁寧につくれ」という父の教えを忘れたことはありません。
 
最後は、研ぎの作業。
1本の包丁を作るのに早くて3時間、1日で3本ほどしか作ることができません。
  
こうしてできたのが、この文化包丁です。
刃渡り17センチ、黒打ち造りで、包丁の腹の部分には鎚で打ったあとを残した味わい深い仕上がりです。
  
面白いものを見せてもらいました。
何に使う道具かわかりますか?
  
これは、勝浦町では昔から使われている草取りの道具なんだそうです。
  
( 音いき 喜正さんインター)
  
この日、阿南工業高校の生徒2人が就業体験に訪れました。
  
( 音いき  喜正さん指導)
 
大久保さんは3年前から実習生を受け入れています。
モノ作りの現場を見ることが少なくなった今手作りの大切さを知ってほしいとの考えからです。
  
生徒たちに与えられた課題は、4回の実習で、切りだしナイフを作ること。
真険に取り組まないとクリアーできない課題です。
  
( 音いき  喜正さん指導)
  
生徒たちは、この経験を生かし機械部品の製造現場などでの就職を目指します。

( 音いき  喜正さん)

( 音いき 生徒インター)

( 音いき  喜正さんインター)

(スタジオ)

遠藤
・・・・

島川
・・・・

宗我部
さて、時計の針を50年前に戻すと、家が2、3百軒あると、そのうち1軒は鍛冶屋というくらい、人生の生活は鍛冶職人を必要としていました。
勝浦町にも10軒の鍛冶屋がありましたが、今では、大久保鍛冶屋だけ。

遠藤
それでも、まだ多くの人が大久保さんの技を必要としています。

(VTR)
  
雨の中、他で買った植木ばさみを持ち込んだ女性がいました。
切れ味が悪くなったので、砥ぎ直してほしいのだと言います。
大久保さんは来る人を拒みません。
  
( 音いき 喜正さんインター)
  
修理の終わった農具を受け取りに来たのは、阿南市の農家でした。
  
( 音いき 農家インター)

大久保鍛冶屋は、喜正さんの祖父、清八さんが大正15年に創業しました。
以来、2代目の博市(ひろいち)さんが、「現代の名工」にも選ばれるなど、確かな技術で人々の生活を支えてきました。

( 音いき 喜正さんインター)

名人と謳われた父を手本に修行を重ねた喜正さん。
今度は、その喜正さんが手本になろうとしています。

( 音いき ギター)
  
長男の竜一(りゅういち)、26歳。
ギターをこよなく愛する、この若者が、将来の4代目です。
幼い頃から身の回りにあった鍛冶の道具を遊び道具にして育ち。
高校を卒業して2日後には、作業場に立っていました。
師匠は、いつも隣りの作業場にいますが、直接指導することは、滅多にありません。

( 音いき 竜一インター)

本格的に修行を始めて8年。
今では、農具の製作や修理を任されるようになりましたが、仕事の全てが、思い通りにいくわけではありません。
  
(音いき 熱っ!)
  
一人前になるのは、まだ時間がかかりそうです。

( 音いき 喜正さんインター)
  
そして、プロの料理人からお金の取れる包丁を作れるようになるには、20年かかるのが、この世界。
しかし、竜一さんにはすでに、彼なりのこだわりがあるようです。
 
( 音いき 竜一さんインター)
  
後継者もできて、順風満帆に見えた5年前、大久保鍛冶屋の大黒柱を突然、ある病気が襲います。
「体がだるい」と変調を訴えた喜正さんに医師が告げた病名は「慢性骨髄性白血病」でした。
  
( 音いき 喜正さんインター)
  
  
喜正さんが入院している間、主のいない鍛冶屋を支えたのは家族でした。
 
( 音いき 奥さんインター)
 
白血球の増加を抑制する新薬が効くことがわかり2週間で退院することができた喜正さんは、その日のうちに仕事に復帰したと言います。
 
( 音いき 喜正さんインター)
  
50歳を過ぎてからの病気の宣告は、逆に喜正さんを奮い立たせました。

( 音いき 喜正さんインター)
  
  
使いやすい道具づくりを信条に鉄を叩き続けた40年、喜正さんの視線の先には、さらなる高みがあります。

(スタジオ)
  
宗我部
・・・・
  
遠藤
いい道具はよく使うから、擦り減って原型をとどめないそうです。
なので大久保さんの作った道具がそのまま、後世に残ることは少ないようですが、道具を使った人には、使いやすかった道具の記憶が残るだけで嬉しいと大久保さんは話してくれました。
  
今朝は、勝浦町の鍛冶職人・大久保喜正さんを紹介しました。
   

 

くらしの講座

講師
ファイナンシャルプランナー
加渡いづみさん

遠藤
くらしのあれこれを楽しくするどく解説していただく加渡いずみ「くらしの講座」です。
ファイナンシャルプランナーの加渡いづみさんです。
加渡さん、おはようございます。

加渡さん
おはようございます。
今日は6月10日、何の日かご存知ですか?

宗我部
語呂合わせでいけば6と10でムトー、つまり無糖茶飲料の日。

島川
最近テレビのコマーシャルで知ったが、ミルクキャラメルの日。

遠藤
ミルクキャラメルと茶飲料は知らなかったですけど、6月10日といえばやっぱり時の記念日ですよね。

加渡さん
その通りです。
時は金なり、今日は時間に関するいろいろな調査結果を取り上げてみたいと思います。
まずはズバリ、タイム・イズ・マネーから。
皆さんご自身にとっての1時間は、お金になおすといくらですかか?

遠藤
・・・

島川
・・・

宗我部
・・・

加渡さん
では、2007年にカシオが日本、アメリカ、ドイツ、中国のビジネスマンを対象に調査した結果を見てみましょう。

遠藤
・・・

加渡さん
これは4ヶ国の平均ですが、各国でかなり差があります。
日本は9200円、アメリカは3万9000円、ドイツは4万3000円、中国は9700円。
アジア2ヶ国よりも、アメリカ、ドイツははるかに時間の価値を高く考えている。
では皆さんにもう1問。1日は24時間だが、もし1日の時間を増やせるとしたら、あと何時間増やしたいか?

遠藤
睡眠時間として3時間くらい

島川
睡眠時間と他にも欲しいので5時間

宗我部
・・・

加渡さん
では各国の答えと比べてみましょう。  

遠藤
日本人は、やっぱり忙しいんでしょうか?
8時間半増やしたいということは、1日32時間必要ということ。
日本人は、1時間の価値はいちばん安く考えている上、いちばん時間が要ると感じている。

加渡さん
ここまではビジネスマンを対象とした調査でしたが、今度は夫婦の時間についての調査を紹介しましょう。
これはシチズン時計が2005年に行った「『夫婦の時間』アンケート」。

加渡さん
夫婦それぞれの1時間は、時給にするといくら位の価値があるか、自分自身と相手(配偶者)についてそれぞれ答えたもの。
つまり、相手を時給で評価するというもの。
だいたいいくらぐらいの答えが出ると思いますか?

遠藤
・・・

加渡さん
実は・・・

これを見ると、自分に対しても夫に対しても、妻の見方の方が厳しいことがわかります。

遠藤
・・・

加渡さん
最後に、同じくシチズン時計が昨年行った「『地球環境と時間』アンケート」を紹介します。
「環境を守るために、社会の中でもっと時間を短縮すべきだと思うことは何か」と聞きました。
皆さんは、どんなことの時間を短縮すべきだと思いますか?

遠藤
・・・

島川
・・・

宗我部
・・・

加渡さん
1位は「ネオンやライトアップの点灯時間、2位は24時間営業店舗、3位は国会審議。

遠藤
国会は会期を延長している真っ最中。
でも国民は、国会審議の時間はもっと短縮すべきと考えているということですね。

島川
今日の「くらしの数字」はこちらです。 
38.0%。

遠藤
・・・

加渡さん
電波時計の所有率。
(腕時計、置・掛け時計を問わない)
シチズン時計「女性の電波時計アンケート」(2005年)より 

遠藤
さて、来週は?

加渡さん
来週は「そんなところから火が?!」を・・・・

遠藤
加渡いづみ、くらしの講座でした。
加渡さん、ありがとうございました。

加渡さん
ありがとうございました。

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