(VTR)
中山さんの自宅は、旧一宇村境に程近い山の中にあります。
*音生き(挨拶)

自宅の向かいに見える1000メートル級の山々の山頂付近は、番組の中で、内田造林会が「杉の子」を植え付けていた辺りです。
*音生き(番組ナレ)

39年の歳月を経て成長した杉林が遠目にも、はっきりと確認できます。
今回、中山さんを訪ねた目的の一つは、39年前の番組を見てもらい、当時、どのような思いで林業と取り組んだのか話を聞かせてもらうことでした。

*音生き(番組ナレ)
時を越え、若かりし頃の自分、そして、仲間たちとの再会です。

*音生き(インター)
*音生き(番組ナレ)
*音生き(インター)
*音生き(子どもの声)
番組には、内田造林会のメンバーの一人、中山フジオさんの妹、キミコさんが山を降りて嫁いで行くシーンがあります。
それは、昭和30年代から40年代にかけての高度経済成長期に都会での生活に憧れた若者が就職や結婚で次々と山を降りたため、一気に進んだ過疎化の象徴的なシーンとして描かれています。
*音生き(インター)
過疎化は、林業の後継者難という問題を生み出します。
それでも、当時の林業には、まだ夢がありました。
*音生き(番組ナレ)
*音生き(造林会の会話)
*音生き(インター)
昭和40年台、木材価格は、飛躍的な経済発展に伴う建築ラッシュやパルプ材の需要の高まりで上昇の一途をたどっていました。

旺盛な木材需要に生産・供給が追いつかない状態で、国は天然林を成長の早いスギやヒノキの人工林に転換する拡大造林政策を推進。
内田造林会もこれに応えました。
*音生き(インター)
スギがカネのなる木であったからこそ、林業家たちは、危険を顧みず、高い梢を目指しました。
スギの苗を作るためのスギの実採りです。

植林用の苗を林業試験場で簡単に調達できる今ではもう見られない林業の営みです。
*音生き(インター)
一見、農業に見える、この作業もかつては、林業の一環でした。
*音生き(番組ナレ)

1年ないし2年で成長した「杉の子」を天然林を伐採した跡に植え付けていきます。
これが定着して、ひとまず植林の完成です。
でも、それは、長い時間と手間を必要とする林業のほんの一こまに過ぎません。
*ポーズ
*音生き(インター)
*ポーズ(鳥のさえずり)
長男の定明さん48歳です。
中山さん親子が林業の現場を案内してくれることになりました。

*ポーズ
現場に向かう道中、39年前の番組に出てくる家が残っているというので、立ち寄ることにしました。
石垣の上に立つ、この家、花嫁を送り出した、あの家でした。

しかし、今は誰も住んでいません。
花嫁の兄で、造林会のメンバーだった中山フジオさんは既に亡くなっています。
その隣りにあるのは、造林会の元会長の家。
ここも空き家です。
林業に見切りをつけ、山を降りたのだと言います。
時計の針は30年前で止まっていました。
*音生き(インター)
木材価格は、昭和50年代後半から安い外材の影響で長期的に低迷し、ここ10年間も不況の影響で右肩下がりの状態が続いています。

*音生き(インター)
39年前には無かった林道を通って、車は、さらに奥へと入ります。
*ポーズ(BG)
*音生き(中山さん)

着いたのは、所有者から立木(たちき)だけを買い取って管理している山林でした。
*ポーズ(電気ノコの音)
長男の定明さんは、高校卒業と同時に、山で働き始めました。
林業の全ては父親の修一さんからたたき込まれました。
*音生き(木を伐採する音)
*音生き(インター)
年輪を確認します。
*音生き(年輪を読む)
この場所で50年、苗床で2年、合わせて52年生のスギでした。
*音生き(インター)
半世紀あまりに及ぶ営みを経て切り倒された一本のスギ。
その価値を聞いた時、林業の厳しさを思い知らされました。
*音生き(インター)
*ポーズ
それでも、林業はやりがいのある仕事だと言います。
*音生き(インター)
*ポーズ
間伐ができていない森林には、鉛筆のようにか細い木が立ち並び、光が一切差し込みません。
まさに、見捨てられた森林です。
一方、人の手が入った森林には、光が差し込みます。
*音生き(インター)
*ポーズ(伐採音)
親から子へ。そして、孫へ。
守り続けてきた宝の山は受け継がれていきます。
*ポーズ(伐採音)
我が山は緑なり。
*音生き(伐採音)