遠藤
さてここ数年、田舎暮らしに憧れて都会から徳島に移住する人が増えています。
定年退職後や中高年の人たちが第二の人生をスタートさせるために徳島に来たという話はよく聞きます。
しかし今回ご紹介するのは27歳という若さで
安定した都会での生活を捨て農業を学びに上勝に移り住んだ男性です。
宗我部
彼はなぜ縁もゆかりもない上勝で農業を学ぼうと思ったのでしょうか。
そこにはふとしたきっかけとこれ以上のない環境を与えてくれた農業の師匠との出会いがありました。
(VTR)
大阪府高槻市。
夜明け間もない午前5時、農業を求めて新たな一歩を踏み出した男性がいました。
米田 裕志さん、27歳。

農業経験のない彼が向かったのは四国の山あいの町、上勝町です。
(音トリキリ)
米田さんが上勝で農業を学ぼうと思ったのは、農業の担い手不足を解消するために農林水産省が行った農業体験プロジェクト「田舎で働き隊」に参加したのがきっかけでした。

今年3月、上勝で5日間の農作業や地域の住民とのふれあいを通じて田舎暮らしの魅力を体験。
上勝への思いが、より一層強くなりました。
(音トリキリ)
大阪の自宅を出て3時間半上勝町に到着しました。

訪ねたのは自分を受け入れてくれる事になった藤田さんのお宅です。
(音トリキリ)

藤田正さん、67歳。
定年後、田舎暮らしを満喫したいと神奈川県から上勝にやってきて3年。
廃棄物だった鶏のフンとシイタケのホダ木を使った肥料で作る有機野菜で儲かる農業を追求しています。
これまでにも農業を始めようとする人を受け入れてきました。
築50年以上経つこの家がこれからの学舎となります。
(音トリキリ)
藤田さんは、とても住める状態でなかった古民家を自分が暮らしやすいように改修してきました。
その一室を米田さんに貸すことになりました。
母屋の隣にある納屋は、これから少しずつ手を加えながら農業を志す人のための研修所を作ろうと考えています。
(音トリキリ)
大学時代から農業に興味があり自然相手の仕事をしたかった米田さん。
卒業後いったんは、大阪の機械メーカーに就職しますが農業への思いが捨てきれず、去年11月
会社を退職しました。
(音トリキリ)
上勝での生活は自分を知ってもらうことから始まりました。
(音トリキリ)
出会う人みんなが、温かく受け入れてくれて米田さんも安心したようです。
(音トリキリ)
藤田さんが野菜の収穫を始めました。
春菊にレタス、どれも農薬を使わずに育てあげた自慢の野菜です。
この後、厨房にこもった藤田さん。
これからとれたての野菜を使って米田さんのために心づくしの料理を作ります。
(音トリキリ)
またこの日のためにとっておきの食材も用意していました。
わざわざ小松島の港まで足を運んで手に入れたチヌです。
上勝づくしの野菜サラダ。
こちらは、古代米を使ったオムライス。
すべて野菜は自家製です。
藤田さん、食事を始める前にある事を切り出しました。
(音トリキリ)
3つの約束を交わし 米田さんはこの家の一員になりました。

歓迎会に集まったのは、去年からこの家に住み 藤田さんの元で働く
山本秀樹さん60歳。
そしてもう一人、藤田さんと米田さんの橋渡し役を務めた内浦有美さん。
「田舎で働き隊」のコーディネイターで上勝町で農業体験や定住などを希望する人の世話をしています。
(音トリキリ)
(スタジオ)
遠藤
3つの約束の中で1年以上3年未満の研修期間って言っていましたが結構、幅がありますよね。
どういうことなのでしょうか?
宗我部
1年未満で辞めて帰るようなら話にはならないし、3年以上いてもだめなので、それまでに農業を覚えて自立して欲しいという思いがあるそうです。
それではその研修生活が、どのようなものかご覧下さい。
(VTR)
いよいよ研修生活がスタート。
この日は夜明けとともに野菜の収穫を行いました。
レタスとサラダ菜を1枚1枚丁寧にちぎっていきます。
藤田さんは米田さんに砂やドロのついていない
きれいなものだけを採るよう指示します。

(音トリキリ)
会社勤めをしていた時は、パソコン相手の仕事だった米田さん。
上勝では、自然を相手にした生活に変わりました。
月に25万円あった給料も今はありません。
研修期間中は、僅かな貯金を切り崩しながらの生活となりました。
そのため一刻も早く農業を覚えて自立しなくてはなりません。
袋詰めをした野菜を乗せた軽トラックが向かったのは近くのJAの集荷場です。
こちらでは毎日 町内20軒の有機農業研究会が作った
とれたての新鮮野菜が集まります。
会のメンバーの中には大阪から上勝に来た米田さんの行動に共感する人がいました。
(音トリキリ)
藤田さんは米田さんに野菜の出荷先を見せておくことにしました。
小松島市内のスーパーマーケットです。

この店では8ヶ月前から藤田さん達が作る上勝有機野菜コーナーを設けていて今では店の名物の一つになっています。
藤田さんはここで消費者と直接接することがとても大切だといいます。
(音トリキリ)
さて米田さんはというと初めての接客でちょっと困っていました。
(音トリキリ)
自分が作る野菜だけでなく
他の種類のものもお客さんに説明ができなくてはいけない事。
今の米田さんには難しい事ですが、消費者が何を知りたがっているか知る事ができたのは大きな収穫でした。
(音トリキリ)
自宅に帰ってきた藤田さん再び畑へと向かいます。
有機農業をする上で一番大切な事を米田さんに教えるためでした。
(音トリキリ)
また微生物が活発に活動して 水はけや通気性がよくなり
肥えた土ができます。
藤田さんは、この研修生活の中で 米田さん独自の土を
作ってもらいたいと考えています。
肥料をまき終わると次は耕耘機(こううんき)の出番です。

藤田さんから運転の仕方を教えてもらい動かしてみることにしました。
最初は順調に動いていましたが、端まで行って右にも左にも動かなくなりました。
耕耘機の下のストッパーが引っ掛かっていたのが原因でした。
耕耘機の動かし方 一つにしても今の米田さんにとっては勉強です。
農業をするためには、いろんな機械を扱わなくてはなりません。
有機農業をしている藤田さんの畑では除草剤を使わないため月に数回、機械を使って草を刈っています。
草刈り機をうまく扱えるようにと米田さんは暇を見つけては特訓に励んでいます。

(音トリキリ)
新たに米田さんが加わった共同生活では1週間交代で食事を作ることに決めました。
そこで試されたのが、米田さんの料理の腕前です。
(音トリキリ)
出来上がったのは 古代米のシカ肉入りハヤシライスです。
お味のほうはいかがでしょうか?
(音トリキリ)
合格点をもらった米田さん。
ほっと一安心です。
そして午後2人は上勝町役場に向かいました。
米田さんの住民票を上勝町へ移すためです。
2人が交わした3つの約束のうち1つが実現した瞬間でした。
(音トリキリ)
上勝町民になっての初仕事は古代米の田植えでした。
藤田さんは機械を持っている 近所の人に田植えをしてもらっています。
その機械で植えられない端の部分に米田さんが苗を植えていきます。
田靴(たぐつ)と呼ばれる膝まである長靴を履いて準備万端です。

(音トリキリ)
都会での安定した生活を捨て飛び込んだ農業研修生活。
40歳離れた藤田さんの元で米田さんは1日1日少しずつ農業の技術を身につけています。

(音トリキリ)
(スタジオ)
宗我部
3年未満という研修期間がありますが、米田さんは志も高く1年で農業を学び
2年目から自立する目標を掲げています。
これからが楽しみですよね。
遠藤
自分なりの作物が1年後に見つかり
そのまま上勝で定住してくれるとうれしいですよね。
けさは農業を学ぶために大阪から上勝へ移住した27歳の男性を紹介しました。