(VTR)
青い空に青い海。
南国ムードに異国情緒。
豊かな観光資源に恵まれた沖縄は、年間で600万人もの観光客が訪れる観光立県です。
そんな沖縄に新たな観光名所が生まれました。
ことし7月に旗揚げした沖縄プロレスです。
「家族で楽しめるバトルファンタジー」をテーマに、コミカルな演出も随所に取り入れて観客を楽しませます。
これまでの沖縄にはなかったエンターテイメント。
沖縄観光の新たな目玉になる可能性があるとして、常設の試合会場を斡旋するなど沖縄県もバックアップしています。
*音生き(県の担当者インター)
琉球の守り神、シーサーをあしらったマスク姿で登場するのはシーサー王。



沖縄プロレス一のパワーの持ち主です。
その正体は、県人プロレスラーの湯浅和也(ゆあさ かずや)さん28歳。
旧木沢村出身で、プロデビューから9年。
沖縄プロレスの旗揚げと同時に参戦しました。
*音生き(湯浅さんインター)
沖縄で新たな挑戦をスタートさせたシーサー王こと湯浅和也さん。
新婚の妻にも支えられ、本気で沖縄の地に根を下ろそうとしています。
(ポーズ)
(VTR)
巨体を生かしたパワーレスリングで、相手を蹴散らすシーサー王。
まさに圧巻の強さです。
時には、つぼを心得たこんなコミカルなアクションにも加わり、観客を湧かせます。
シーサー王は、沖縄の子どもたちのヒーローです。
そんなシーサー王のルーツ、徳島県木沢村の広報誌に当時、小学1年生だった湯浅和也(ゆあさ かずや)少年の夢が記されています。
「ぼくは、大きくなったらプロレスラーになりたいです」
幼い頃からの揺るぎない夢を実現したシーサー王は、いったい、どんな少年時代を送ったのか、旧木沢村の実家を訪ねました。
生まれた時の体重は3740グラム。
湯浅家の次男坊として生まれた和也少年は、気は優しくて力持ちを地でいくタイプだったと言います。
*音生き(母親インター)
小学校から中学にかけては、野球に没頭しますが4番でキャッチャーでした。
プロレスラーになりたいという夢を忘れたわけではありませんでした。
夢に向かって動き始めたのは、親元を離れ、寮生活を送った高校時代でした。
*音生き(母親インター)
ケガを心配する親の反対を押し切ってまで入ったプロレスの世界。
高校卒業と同時に入門したのは、同じ徳島県出身で憧れの存在だった新崎人生が所属する「みちのくプロレス」。
しかし、デビュー当時は、その新崎人生に連戦連敗。

プロの厳しさを思い知らされます。
強くなりたい一心で修行を積み、徐々に頭角を現した湯浅和也選手は、2002年、合併前の木沢村で開かれた凱旋興業で村民に成長した姿を披露。
見事、故郷に錦を飾ります。

*音生き(湯浅さん)
その後、湯浅さんは、主戦場を大阪に移します。
おととし6月、リングネームも本名から「ガイナ」に変えて、大阪プロレスに移籍しました。
*音生き(リングアナウンス)
大阪プロレスと言えば、お笑い系ファイトを最大のセールスポイントとする団体です。
*音生き(ポーズ)
*音生き(歓声・ガイナ!)
その中にあって、ガイナは愚直なまでに体を張ったレスリングスタイルで、大阪のファンの心をわしづかみにしました。

*音生き(湯浅さんインター)
大阪タッグ選手権のチャンピオンとして何度も防衛を重ね、このまま、大阪のリングで活躍を続けると思われた湯浅さんでしたが、プロレス人生2度目の転機は、突然訪れました。
ことし7月に旗揚げされた沖縄プロレスへの参戦を誘われ、沖縄への移住を決断しました。
それまで所属した2つの団体と違い、沖縄プロレス自体がゼロからのスタート。
こうして、湯浅さんの新たな挑戦が始まりました。
*音生き(湯浅さんインター)
沖縄プロレスは、大阪プロレスの創始者として、地域密着型の興業を展開してきたプロレスラー、スペル・デルフィンが立ち上げました。
*音生き(デルフィン・インター)
那覇市の中心街、国際通りです。
通り沿いには、土産物店や飲食店が林立し、夜になっても、この賑やかさ。
しかし、夜のエンターテイメントと言えば、民謡酒場やスポーツバーがあるくらい。
そこに目を付けたのが沖縄プロレスというわけです。
国際通りに面したビルの5階に常設の試合会場を確保しました。
元々はデイスコだった場所で、広さは、およそ90坪。
沖縄県の斡旋でこの空き店舗を相場の10分の1という破格の安さで借りることができました。
それは、沖縄プロレスの観光ビジネスへの貢献や事業の可能性などが評価され、県産業振興公社のベンチャービジネスサポート事業に採択されたからです。
*音生き(県の担当者インター)
*音生き(三線の音色)

沖縄県民に認めてもらうには、まず、地元の伝統文化に馴染むことが大切と考えた湯浅さん。
沖縄に移住して以来、三線の練習にも取り組んできましたが、この沖縄の伝統楽器、一筋縄ではいかないようです。
*音生き(三線講師インター)
できれば、シーサー王として試合に出る時に、この三線を引きながらリングに登場したいという野望を持っている湯浅さん。
特訓はまだまだ続きそうです。
*音生き(湯浅さんインター)
*音生き(携帯電話での会話)
若手レスラーとともに向かったのは、オリジナルTシャツの製作を依頼している会社でした。
沖縄プロレスのレスラーは、営業活動もこなします。
この日は、新しいTシャツのデザイン案ができたとの連絡を受け、駆け付けました。
Tシャツは、グッズの売り上げの大部分を占める人気商品だけに説明を受ける表情は真剣そのものです。

*音生き(商談)
*音生き(在庫確認)
次に訪れたのは、Tシャツを置いてもらっている雑貨店。
在庫が少なくなっている商品の注文を聞き、売れ筋の商品をチェックします。
*音生き(人気商品は)
*音生き(湯浅さんインター)
そして、営業活動と夜の試合の合間には、近くのビーチに出て、トレーニングに汗を流します。
常設会場での連日の試合にも耐えられるタフな体をつくるためです。

*音生き(トレーニング音)
*音生き(湯浅さんインター)
しかし、過去にメスを入れたこともある右膝をはじめ、長年、酷使してきた両膝は、連戦の影響で悲鳴を上げていました。
*音生き(悲鳴)
シーサー王の泣き所をマッサージするのは、妻の有里香さん。
湯浅さんが沖縄移住を決断したのを機に結婚した姉さん女房です。
*音生き(気持ちいい)
湯浅さんは、みちのくプロレス時代に仙台で看護士をしていた有里香さんと知り合いました。
大阪プロレス時代の2年間は、いわゆる遠距離恋愛の日々でしたが、二人の心が離れることはありませんでした。
*音生き(有里香さん)
*音生き(会話)
*音生き(驚いたけど、ついていこうと)
*音生き(うれしかった)
沖縄プロレスの試合は夜8時からですが、毎日、お昼すぎには、一番乗りしている女性がいます。
湯浅さんの妻、有里香さんです。
有里香さんには、沖縄で看護士の仕事を見つける選択肢もありましたが、夫と同じ職場で裏方として働くことを選びました。
*音生き(有里香さんインター)
*音生き(電話)
夕方、営業の仕事から帰ってきた湯浅さんが取り出したのはジャンボサイズのお握り。
しかも、中に入っているのは、木沢のお母さんから送られた自家製の梅干し。
これがシーサー王のパワーの源です。
*音生き(県外客受付)
*音生き(地元常連客インター)
取材カメラへのキス攻撃が始まりの合図でした。
黄色いコスチュームがまぶしい「ゴールデンパイン」。
どこかで聞いた名前の「カンムリワシ用高」試合予想に反してプロレスらしいスピーディーな展開となりましたが、直ぐに違った展開に。
*音生き(ポーズ)
ゴールデンパインちゃん、実はオカマキャラなんだとか。
*音生き(ポーズ)
大阪プロレスを彷彿とさせるハチャメチャな、お笑い系ファイトもうまく取り入れて、と思ったのもつかの間、本気モードに突入。
コントとレスリングのバランスが絶妙の一戦でした。
*音生き(ポーズ)
その後も、沖縄名物のゴーヤをモチーフにした「ゴーヤーマスク」や「メンソーレ親父」など沖縄らしいリングネームの覆面レスラーが強烈な個性を放ちながら次々と登場し
てきます。
*音生き(リングアナウンス)
役者が揃ったところで、メインイベントの開始です。
*音生き(ポーズ)
まさに、家族で楽しめるバトルファンタジーです。
ハブとマングースの闘いを再現した「怪人ハブ男」と「ミルマングース」によるバトルも見所の一つです。
*音生き(ポーズ)
圧巻のパワーを見せつけたのは、やはりシーサー王でした。


*音生き(湯浅さんインター)
10人の仲間とともに海を渡り、シーサー王となった湯浅さん。
沖縄にはなかったプロレス文化を根付かせ、ビジネスとして成功させようというシーサー王の挑戦は、まだ始まったばかりです。
*音生き(BG)
