(VTR) (去年11月19日 )
レストランやホテルの格付けで世界的権威を誇る旅行ガイドブック「 ミシュラン 」
そこで徳島出身の料理人が最高評価の3ツ星を獲得しました。
カ・ン・ダ
神田裕行さん
やったー。三ツ星

神田裕行さん44歳。
手がけるのは日本料理。
食材と季節感が命です。
佐久間
とろける
神田さんインター
人生のピークに受賞できてラッキーなこと
出迎える友人たち。
神田さんが上京するとき店の設計から調度品、食材の調達にまで、力を注いだ人たちです。
フランス・ミシュランをうならせたのは、料理人、神田裕行さんと、ふるさと徳島の仲間たちでした。
(スタジオ)
ミシュラン・ガイドブックの歴史は、100年以上、食の世界基準とも言われるほどの権威です。
料理のジャンルは問いません。
ミシュランのガイドブックは、これまでヨーロッパやアメリカなど22か国で格付けがなされており去年11月に発売されたこの東京版は、アジアでは初めてとなるもので、ここに徳島出身の料理人神田裕行さんの日本料理店が最高評価の「 三つ星 」の店として紹介されています。
この中で紹介されているのは150件、うち、最高評価の3つ星は、わずか8件です。
( 感想 )
ミシュランの調査員は、身分を明かさずに店を訪れて、料理の味や質を評価し、星の数で格付けを示します。
こちら
まず1つ星は「 そのカテゴリーで特に美味しい料理」が味わえる店。
二つ星はその上で、「遠回りしてでも訪れる価値のあるすばらしい料理」を出せる店。
そして最高評価の3つ星は「 そのために旅行する価値がある卓越した料理」を味わえる店であることを意味します。
( 感想 )
三ツ星料理人、神田裕行さんと徳島の仲間たちの物語、まずは神田さんのお店からごらんください。
(VTR)
21世紀東京のシンボル、六本木ヒルズ。
そのにぎやかさがかすかに響く住宅街の奥に、店はあります。

別世界を思わせる奥行き感。
もてなしは、ここから始まっています。
あ・・、ここですか
日本料理の かんだはカウンター8席に個室が1つ。

ここは世界で最も小さい、三つ星レストランです。
フランスでミシュランガイドが誕生してから1世紀。
料理の世界基準はついにアジアにも上陸しました。
主人の神田裕行さんは徳島市出身。

フランスで4年間修行したあと地元徳島の料亭、青柳で13年つとめました。
「 3つ星 」はすぐれたレストランの証。
「 わざわざ訪れる価値のある卓越した料理 」を出す店のことです。
( 音 トリキリ )
佐久間
塩加減が絶妙
おいしい
神田さん
切ってならべるシンプルな外観だけど
いかに複雑な工程をなかにほどこせるか、その勝負だと思う
食べていただければそこがわかるそんな料理人になろうとおもう
ミシュランの星、それは厳しい5つの基準をクリアしてはじめて与えられます。
料理人の個性や料理の完成度、さらには価格とのバランスや店全体の一貫性も大事な要素です。
藍染めののれんに、阿波手すき和紙。
ふるさとゆかりのしつらえに心惹かれるのは、どの国でも同じです。
インタビュー 神田さん
店を出すときいろいろな選択肢があったが、
神田のために何かしてやろうという人に頼んだ、甘えた、ほとんど徳島の人でした
( 去年11月25日徳島空港 )
ミシュラン受賞から1週間、神田さんは徳島に帰りました。
出迎えたのは、これまで神田さんを支えた友人たちです。
上京してからもう、4年が過ぎていました。
建築家の中井正剛さんは、神田さんの10年来の親友。

店の設計を買って出ました。
中井さんはフランスパリの日本食レストランや香港の中国返還を記念するモニュメントを手がけた国際派。
神田さんと東京を何度も訪れ物件探しから工事の完成まで見届けました。
入り口から客席までをつなぐ細く長い通路。
空間の奥行きと意外性を重視した演出です。
建築家、料理人、グラフィックデザイナー、工事に携わるものがアイディアを出し合いました。
インタビュー 中井さん
好きなこと言えたのがよかったと思う
料理が何より好きで夢を誰より熱く語る神田さん、店づくりに力を貸す仲間は、ふえていきました。
藍染めののれんは、店の顔になりました。
インタビュー
応神町 藍染工芸館
香川文孝さん
きさくで、すぐにうちとけた

おなじ職人同士、仲間が、仲間を呼びました。
インタビュー
家具を製作した
「 チェリア 」
小坂博信さん
世界で一番小さい三つ星レストラン

神田さん
これからは小坂さん
とこの見積もりも安くしてくれそうね
(徳島市 実家 )
ただいま・・・
仲間との再会を終え、神田さんは実家に帰りました。
出迎えたのは、母、一子(かずこ)さんでした。
大正時代から3代続く日本料理店。
神田さんは幼い頃から姉と店の片付けを手伝い、高校1年生で初めて包丁を握りました。
高校卒業後は大坂で修行し、87年、フランス・パリへ。
神田さんは当時をこう振り返ります。
「日本を離れているほど、日本人であること、そして何より日本料理への思いが強まっていった」と東京元麻布の「 かんだ 」。
看板は父の使っていたまな板でつくったもの。
世界的料理人になっても忘れない、神田さんの原点です。
神田さん
友情だけで・・
ありがとうございます
やっと恩返しができる
きょうは私の料理でなく沖浜神田本店の両親の料理でどうぞ。

かんぱーい!
もつべきもの、
それは、ほんとうの友人。
インタビュー 母 カズ子さん
昔から友達がいっぱい
男も女もとぎれることがなかった
料理人、神田裕行と仲間たち。
話は、尽きません。
(スタジオ)
ここであらためて神田さんのプロフィールをご紹介します。
城南高校を卒業後、大坂で修行、87年フランスへ。
パリで日本料理店をまかされたあと帰国、徳島で活躍(青柳、平成調理師学校)
04年東京に店を出し
、3年後にはミシュランの三つ星・・・
( 佐久間 取材の感想 )
( 遠藤 宗我部 感想 )
順調そうですが、いろんなひとに支えられて・・・
さて、三つ星料理人神田裕行と仲間たち。
神田さんを支える徳島県人は、まだ、います。
(VTR)
ひとりの芸術家が東京・銀座で個展を開いていました。
これが・・・
陶芸家 百田輝さん。

三好市池田町出身。
東京芸術大学を卒業後、ヨーロッパに渡りました。
作品の特徴は、奔放な色遣い、自在に走る模様。
神田さんのお店の食器は、すべてももださんが作ったものです。
神田さんは友人の家に飾ってあったももださんの作品を見て、すぐに食器作りをたのみました。
うつわは、人に備わった力を表す言葉。
料理だけでなく、つくったひとの価値観やものを見る目まで運びます。
インタビュー 神田さん
自然から食材
スタッフが料理
私が監督コントロール
器も気合いの入ったものでないとだめ
そういう意味でももださんは、いいパートナーです。
インタビュー 百田さん
むずかしいものをつくったら
神田さんは、どうにかしようとする闘志がわいてくる。
芸術家と料理人の二人三脚。
ももださんは新しい可能性を探っていました。
インタビュー 百田さん
芸術性のあるものと
実用的なものとの融合というか・・
むずかしいんだけどなにかできそうな
場所ではあるよね。
神田さんとの二人三脚は、徳島でも続いています。
米澤良行さん。
徳島駅前でうどん店をひらいています。
米澤さんのうどんの特徴は、めんのもちもち感と小麦粉本来のあまずっぱさをとどめるところ。
数年前、たまたま立ち寄った神田さんが気に入り、店専用に麺を作るよう頼まれました。
その日から、数え切れないほどの試行錯誤が始まりました。
神田さんが求めたのは、細くても切れない麺。
試作品を送っては、ダメ出しを受ける日が続きました。

米澤良行さん。
必死だと言葉を選ばない
どうにかならんかと。
米澤さんは、麺を熟成させる温度に注目、冷蔵庫をつかって熟成が進むスピードを調整することで、問題を解決できました。
米澤さん
ほーらね。
細くてきれない
たしかにすごい
風味や歯触りも太い麺と同じ。
今では神田の人気メニューのひとつになりました。
ミシュランを受賞したすぐあと、神田さんは米澤さんの店を訪ねました。
インタビュー 米澤さん
ミシュラン取れたのは、おっちゃんおかげって言ってくれた、涙が出た。
大変だったけど、忘れられない、思い出です。
インタビュー 米澤さん
ひきしまるような気がします
( 東京 かんだ )
きょうも多くの人が、神田さんの料理をまっています。
去年、ミシュランで紹介された店は、全世界でおよそ1万6000件そのうち3つ星を獲得したのは、わずか56件しかありません。
ことしは日本だけで8件に三つ星がつきました。
神田さんはいいます。
「ただの日本ブームじゃありません。
シンプルさと複雑さが融合した日本料理の美学に世界がようやく目を向け始めたんです 」と。
( でかける )
上京して4年目。
年を重ねるたび、ふるさとが気になるのはなぜなんでしょう。
個展をひらく百田さんに差し入れです。
大都会でお互いをみつめるふたりの徳島県人。
インタビュー 神田さん
百田さんの作品を見て闘志が、また、わきましたか今回のが一番だね
料理人最高の名誉に輝いた神田さん。
来年も三つ星を取れるのでしょうか。
( 音 トリキリ )
インター 神田さん
担ぎ出された
通過点ではあるがミシュランの星が目標ではない
毎日お客のためにそれが3つ星につながればハッピー
(スタジオ)
佐久間 取材感想
今朝は三ツ星料理人神田裕行さんと神田さんを支えた徳島県人をご紹介しました。
日本料理 かんだ
東京都港区元麻布
TEL/03-5786-0150
夜コース 11500円〜23100円