(VTR)

その人を取材したのは、2000年8月、巨樹特集の取材でした。
葛籠孝至(つづら たかよし)さん。
当時、33歳。
巨樹の里として売り出していた旧一宇村で、彼は、観光客相手に村内に点在する巨樹の案内人を務めていました。
*音生き
葛籠さんは、いわゆるUターン組の一人で、この時はまだ、ふるさと一宇に帰ってきて1年が経った頃。
村の教育委員会の臨時職員として巨樹の案内人を務める傍ら、うどん店の開業準備を進めているのだと話していました。
なぜ、一宇でうどん店なのか、その時、彼は、多くを語らなかったように記憶しています。
あれから、7年、気になる存在だった彼と再び合ってみることにしました。
(スタジオ)
宗我部
というわけで、今回、わたしは、つるぎ町一宇に葛籠さんを訪ねました。
巨樹巡りの取材の翌年、2001年の秋に、葛籠さんは、念願だったうどん店をオープンさせ、家族に支えられながら頑張っています。
葛籠さんが名付けた店の名前は「田舎で暮らそうよ」。
過疎化と高齢化が加速度的に進むふるさと一宇を何とかしたいとの葛籠さんの熱い思いが込められていました。
(VTR2)
(ポーズ)
貞光川を遡るように平行して走る国道438号。
剣山スキー場へとつながる道を進むと店までの距離を知らせる看板が立っていました。
葛籠さんの店「田舎で暮らそうよ」は、標高およそ500メートル。
スキー場まで車であと、およそ約20分という位置にありました。

*音生かし
「特に修行をしたわけではく、自己流です」と話す葛籠さんですが、手際良さは、なかなかのものです。


日々、うどん作りをする上でのこだわりはと聞くと、「山へのこだわりですかね」との答えが返ってきました。
間伐材を薪にして昔ながらの「おくどさん」で炊きあげるうどん。
妻の納子さんがおろしているのは、山の畑で収穫したばかりの自家製のダイコン。
水は、山の沸き水を引いて濾過したものを使うという徹底したこだわりようです。

*音生かし
*音生かし
雑誌で見たうどんが美味しそうだったからカーナビを頼りに広島県福山市からやってきたいう女性の二人連れは、
途中、道に迷ったものの、店の雰囲気にも、うどんの味にも満足した様子でした。
*音生かし
しかし、雨が降ったり、やんだりという天気だったこの日のお客は6人。
経営は、生やさしいものではありません。
*音生かし
奥さんは、京都生まれの京都育ち。
京都の大学に進学した葛籠さんと知り合い、結婚しました。
葛籠さんは、京都に本社がある会社に就職。
転勤はありましたが、営業マンの仕事は面白く、成績は常にトップクラス。
昇進する楽しみもありました。
しかし、帰省するたびに年老いていく両親と過疎化と高齢化にますます拍車がかかり、さびれていく故郷の姿が心を揺さぶりました。
自分にできることは何か。
葛籠さんは決意します。
故郷へ帰ろう。
葛籠さんは、娘を連れて帰ることで、母校の錦谷(にしきだに)小学校が休校になるのを食い止めようとしました。
しかし、その願いは叶わず、長女が幼稚園から小学校に上がる春に母校は休校になりました。
*音生かし
母校の休校こそ食い止めることが、できなかった葛籠さんですが、一宇の人たちからは、「過疎化と高齢化が進む一宇に一つ灯りをともしてくれた。嫁と子どもを連れて
よく帰ってきてくれた」と歓迎されています。

*音生かし
とは言っても、一宇で暮らすのは大変です。
店が休みのこの日、納子さんは、一宇で生まれた長男を連れて一宇の中心部にある公民館にやってきました。
月に2回のペースで開かれている子育てサークル、「なかよしクラブ」に参加するためです。
お互い、歩いていける近所に子どもを持つ家庭がない母親たちにとって、ここに来れば子どもが遊び相手を見つけられる上、子育ての悩みも聞いてもらえる貴重な交流の
場です。
*音生かし
*音生かし
旧一宇村に唯一残っている古見(こみ)小学校です。
5、6年の複式学級では、葛籠さんの5年生の長女が6年生と一緒に授業を受けています。
また、ことし入学したばかりの次女は、2年生と一緒に学んでいます。
2人とも自宅から片道8キロの距離を送迎タクシーで通学しています。
古見小学校もまた、児童数が、この2年間で12人も減り、現在18人。給食はランチルームに全校児童が勢揃いして食べます。
屋上に掲げられた「語ろう、誇ろう一宇」のスローガン。
しかし、子どもたちが、誇りの一つとしていたものが、今、消えようとしています。
それは、学校のスキー学習の場としても慣れ親しんだ剣山スキー場の休業です。
剣山スキー場は、井川スキー場腕山(かいなやま)に次ぐ県内2か所目のスキー場として、1976年にオープン。
県営から村営、そして、合併後は、つるぎ町が運営してきましたが、温暖化の影響で人工増雪機をフル回転させての営業や施設の老朽化で維持管理費がかさみ、赤字経営となっていたことを理由に休業する方針を固めたものです。
スキー場の近くでうどん店を営む葛籠さんにとっては、大きな痛手ですが、つるぎ町にとっては、もっと大きな損失だと嘆きます。
*音生かし
思うようにはいかない田舎暮らし。
しかし、葛籠さんを信じて一宇にやってきた妻の納子さんは、「後悔はしていない。これからもずっと一宇で暮らしたい」と話します。

*音生かし
(スタジオ)
佐久間
納子さんが最後に夫婦共通の思いを語った「今、100%幸せかと問われたら、そうではないけれど、山の暮らしは続けていきたい」という言葉。
「田舎暮らしは間違っていない」という強い信念を感じました。
宗我部
「辛いこともあるけれど、山が愚痴を聞いてくれる。慰めてくれる」山で頑張って生きる人に山は優しく、大きな包容力で包み込んでくれるものなのかも知れませんね。
現在、旧一宇村の人口は1200人余りで、2人に1人以上が65歳以上のお年寄りという状況です。
その中にあって、葛籠さんたちは、自分たちの生き方を貫くことで、「田舎で暮らそうよ」というメッセージを今後も発信し続けます。