▼ 後藤田正晴さん死去
県選出の元衆議院議員で官房長官・副総理などを歴任した後藤田正晴さんがおととい肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。91歳でした。
「東京都文京区の護国寺です。 こちらで亡くなられた 後藤田正晴元副総理の密葬が しめやかに行われています」
後藤田さんの葬儀にはごく近しい親族およそ50人が参列しました。関係者によりますと後藤田さんは先月下旬の定期検診で肺に影が見つかり、内視鏡検査の結果三井記念病院に入院しました。その後ずるずると病状は悪化し、転院して治療を行いましたが回復することなくおととい午後8時53分、肺炎のため東京都内の病院で帰らぬ人となりました。91歳でした。
事務所では「お別れの会」を東京と徳島でそれぞれ執り行うことにしています。

後藤田正晴さんは、1914年、旧麻植郡美郷村に生まれました。旧制水戸高校から東京帝大を経て1939年、内務省に入省。69年からは警察庁長官としてよど号ハイジャック事件など数々の難事件の捜査を指揮し、「カミソリ」と呼ばれました。
その後政界へ転身した後藤田さんは、74年の参院選では敗れたものの、76年の衆院選に初当選。82年からは中曽根康弘総理のもと他派閥としては異例の官房長官に就任して世間を驚かせました。
官房長官就任会見
「異例であるなと思いながら総理のご決意がそれほど お堅いのであればお引き受けしましょうと」「ロッキード事件と今回の組閣とは関係あるはずがない。 私はそう思いますね」
93年の宮沢内閣では副総理兼法務大臣に。念願だった選挙制度改革の実現を花道に96年、政界を引退しました。
「次回の小選挙区に立候補する気はない。新聞記者もそれ聞きたいんだろ?」
引退後も後藤田さんは、「政界のご意見番」として精力的な活動を続けていました。 |