2005/06/15 No.8344

 

水曜日

屋号は金さんラーメン 元ホテル支配人の再出発 詳細 >> 

取材ゲスト 金森邦雄さん

TEL 090-3786-4719

 

仙波教授の阿波弁講座 「なるい」=傾斜が緩い
けさのうた *「いろんな木の実」 藍住北小学校のみなさん
うちのペット自慢 *カメ子
なつかしの徳島 *来年のカレンダーできる/官公庁でボーナス支給

けさの生け花 

*華月流・池本美代甫さん
人気の移動販売 *「龍鳳飯店」

徳島市西大工町にある中国東北料理の店「龍鳳飯店」が始めた移動販売
>中華焼きギョウザ、中華ニラマン(饅頭)、中華ニラギョーザ、上海焼き豚マン
1パック各400円
>キョーエイの県内各店で移動販売している。(店内での販売)
6月15日(水)、16日(木)はキョーエイ藍住店で
6月27日(月)キョーエイ福島店で販売
その他問い合わせは 088−624−3088(龍鳳飯店)

>詳細

屋号は金さんラーメン 元ホテル支配人の再出発

(VTR)
ことし4月、徳島市内に一軒のラーメン屋台が登場しました。
名前は「金さんラーメン」。

徳島では珍しく、トンコツの白いスープに細麺、そして自家製チャーシューです。
でも脂っこいイメージじゃないんです。

(お客さんの声)

主人の金森邦雄さん57歳。

金森さんはホテルの元支配人。
これまで35年間、ブライダルやパーティーを取り仕切る営業マンとして第一線で活躍してきました。

しかし去年8月、務めていたホテルを突然辞めました。

(金森さんの声)
・これまで調理経験はないんですって?「それがいいと思います」

そうは言ってもこれまでの仕事ほどうまくはいきません。

(ラーメン作りの模様)

ホテル支配人からラーメン屋台の店主へ。
57歳の再出発をカメラが追いました。

(スタジオ)

国民生活金融公庫の調査によりますと、きょねん新しく事業を起こした人のうち45歳以上の割合が全体の42・2%を占め、調査を始めた91年以降過去最高となりました。
事業規模は、従業員3人未満。
開業費用も500万円いかがもっとも多い結果でした。

開業した動機は「仕事の経験、知識や資格を生かしたかった」が34・9%と最も多く、次いで「自由に仕事がしたかった」14・8%、「事業経営という仕事に興味があった」11・2%などとなっています。

しかし、約1年経っても売上が開業前の目標にまで達していていないという企業が全体の約63%を占めます。
特に45歳から59歳までが最も厳しく、65.5%にのぼります。
思い切ってやってはみたものの、その経営は年配者ほど苦しいというのが現状です。

ホテルの支配人を辞め、ラーメン屋台を始めた金森さんの場合はどうなんでしょうか。
57歳の再出発をご覧ください。

(VTR)

金森さんは自家用軽トラックに自分で手を加え、屋台に改装しました。
ラーメンの屋台なら安い費用で済みます。

夕べのお客はわずか8人。
採算ベースの半分にも届きませんでした。
早速、こんばんの準備に取り掛かります。

(金森さんの様子)

・今日は売れる。悪い日といい日が交互

金森さんは県内の有名ホテルで支配人を務めたベテラン。
きょねんまで阿南市のホテルに勤務していましたが、経営者と意見が合わず自ら退社、職を探しました。
知人に声をかけたり、ハローワークにも通いました。
しかし、ホテル業35年のベテランを欲しがる企業はありませんでした。

(金森さん)
・年をとると賃金を安く買い叩かれるよう
・8万円から12万円ではジリ貧だ
・老後の趣味とするならいいだろうがまだ子育ての真っ最中

金森さんが果たすべき使命。
それは妻と二人の息子、そして家を守ることでした。

(金森さん)
・定年までに、体の動く間に始める

金森さんは、ホテル時代の知り合いを頼り、ラーメンの作り方を教わりました。
でもあとは自分の工夫次第。
スープやタレ、チャーシューまでオリジナルにこだわります。

オープンは午後7時。
あらかじめ調べておいたポイントに向かいます。


あらかじめ調べておいたポイントに向かいます。

屋台は交通量や住宅地など周辺の環境によって売上が大きく変わります。
今晩の目標は40人。
ゆうべの分まで取り返さねばなりません。

(様子)

こんやは末広大橋にほど近いこの場所で店を構えます。

準備は完了。
明け方2時まで、お客を迎えます。

きょう最初のお客です。
やってきたのは金森さんの友人。
同じホテル業界で働いた、かつての仲間です。

(お待たせです!)

感想が気になります。

(うまいよ)

金森さんに笑顔が戻りました。

(友人のインタビュー)

「苦労したから彼ならやれる」

(金森さんのインタビュー)
「お世辞が120%だと思うが、自分でもいい味が出せたと思う。}

午後9時を過ぎました。
ほんとうなら今がピークのはず。
でも客足は止まったままです。

手の打てない無力感。
かつて営業にあけくれたホテルでの思い出が、浮かんでは消えていきます。

(金森さんのインタビュー)

「子どもが、ホテルの父ちゃんはオーラがあったと言うんです」

午前2時、この紐長い夜になりました。

翌日、6月11日。
西日本は梅雨入りしました。
屋台には、商売しづらい季節です。
金森さんは、あすの仕込みにかかります。
ラーメンはスープが決めて。

一から手作りです。

市販のダシやタレは使いません。

完成まで3時間。
煮立たせないのがコツです。

(金森さん:定年後でなく、体が動く今の内に)

必要なのは仕事を探すのではなく、作り出すこと。
経済面でも精神面でも会社組織から自立することです。

そしてそのことが家族を守る唯一の手段であると
金森さんは確信しているのです。

(長男のインタビュー)

ここで思わぬ事態です。

(金森さん:沸かしすぎた!)

煮すぎたため、スープに灰汁が混ざって苦くなっていたのです。

(金森さん:これではお客に出せない)

スープはすべて捨ててしましました。

(スタジオ)

自分の将来のため、そして家族のためにがんばる金森さん。
その続きをご覧ください。

(VTR)

その日の夕方、雨はすっかり止んでいました。
スープは最初から作り直しました。

しかしここ2、3日、お客の動きはまったく読めません。

きょうの一番乗りは始めてのお客です。

金森さんからは、緊張感が見て取れます。

(金森さん:よし!)

(金森:チャーシューをサービスしておくわ)

元ホテルマンらしくサービス精神も旺盛です。

(お待ちどうさま)

金森さん、精一杯のもてなしです。

(お客:天気が怪しい時には連絡してから来ます)

客足に火がつきました。
ホテルを辞めても、接客好きは変わりません。

(お客さんが器をすべて空にしている)

やっててよかったと思える瞬間です。

(金森さんのインタビュー)
「私はまだ発展途上。死ぬまで発展途上です」

金森邦雄さん57歳。
家族と自分の将来をかけた再出発はまだ始まったばかりです。

 

 

おはようとくしま 2005年の放送