2005/04/27 No.83

 

「万里の森林」スタート 徳島砂漠植林隊 詳細 >> 

ゲスト出演者

木村義次さん、立花甫さん(烏雲の森砂漠植林ボランティア協会)

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仙波教授の阿波弁講座 おまはん=あなた
うちのペット自慢 *チャチャ(シーズー)
なつかしの徳島 *四国女子短大入学式

けさの生け花 

*花芸安達流・久米田寿子さん

>詳細

「万里の森林」スタート 徳島砂漠植林隊

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毎年4月になりますと、中国内蒙古自治区の庫倫旗(クーリンキ)に植林に行っている団体があります。

それは、徳島市に本部を置く「烏雲(ウユン)の森 砂漠植林ボランティア協会」です。

今回は、徳島市内をはじめ静岡県富士宮市、東京都府中市、千葉県千葉市、福岡県久留米市などから集まった31人です。

今回の目的は二つあります。
1つは、「万里の森林」と称して新たに植林をスタートさせること。
2つめは、「烏雲の森」の原点ともなった葛根廟(カッコンビョウ)事件の現場を訪ねることです。

けさは、その時の模様を報告していただきます。
スタジオには「烏雲の森砂漠植林ボランティア協会」の木村義次会長と、植林隊長の立花甫(はじめ)さんにお越しいただいております。

インタビュー

立花さんは、中国残留孤児、烏雲さんのお兄さんです。

インタビュー

それではVTRをご覧いただく前に地図をごらんください。

関西国際空港から瀋陽(シェンヤン)まで飛行機で行き、ここからがチャーターバスでの大変な旅となります。
庫倫旗(クルンチ)、通遼(トンリャオ)、白城(バイチョン)を経て葛根廟(ググンミョウ)までの約1000キロの行程です。

それではVTRでください。

(VTR)

植林隊員31人はチャーターバスで、すぐ近くの庫倫旗第一中学へ向かいました。

植林隊長のユニフォームと同じ色の民族衣装をまとった生徒たちの歓迎にみんな喜び、感動していました。

庫倫旗第一中学は、名前は「中学」でも日本の「高校」に相当します。

烏雲さんは、この学校で38年間教鞭をとりました。

学校の裏手の小高い丘が「学校林」です。
広さは27ヘクタールです。

協会では「万里の長城」をもじって、「万里の森林」計画をスタートさせ、基点の学校林に記念の標識を立てました。

合わせて緑の募金、100万円の標識も立てました。

庫倫旗第一中学の生徒数は約2200人です。
植林に対する意識がきわめて高く、植林はどんどん進んでいます。

この日はポプラとポプラの間に障子松の苗木を植えました。
苗木は3万7千本用意しました。

協会では、今年度中に10万本を植林する計画です。

水運びは、体力のある高校生に「おまかせあれ」です。

<隊員へのインタビュー>

<烏雲さんへのインタビュー=中国語>

日本語訳
「日本の皆様の私に対する熱い友情と、私の仕事に対する応援に心より感謝しています。」
「私はこれからも日本の皆様と一緒に日中民間友好のために頑張ってまいります。」

烏雲さんはこれからも日本で定住することはないと話しました。

日本語訳
「私が死んだら、可能であれば、灰を日本海に撒いて欲しい」

(スタジオ)

烏雲の森の方はどうなっているのですか?

木村さん>計画どおり進んでおり、あとは捕植をするぐらいだ。

これまでに、何本くらい植林をしましたか?

木村さん>100万本ほど。

「万里の森林」とはなんとも遠大な構想に思えますが、どんな計画ですか?

木村さん>秦の始皇帝がつくった2400キロにも及ぶ万里の長城の北側に沿って森林帯を作る計画

何年かかりますか?

木村さん>200年はかかるだろう

庫倫旗第一中学校では、生徒が植林に熱心ですね。

木村さん>これこそ烏雲さんの教えがあってのことだと思う。

烏雲さんは、年間どのくらい植林に関わっているのですか?

立花さん>13回、14回くらいと忙しくしている


さて、植林隊のもう一つの目的は、植林の原点とも言われている葛根廟の事件現場を訪ねることです。

世に言う葛根廟事件とは、60年前の8月14日、つまり終戦の前日。
近くの具安(コーアン)、今の白城を目指して逃避行中の邦人およそ1500人がソ連軍戦車隊に襲われ、ほとんどが虐殺または自決に追い込まれました。

その中で、立花珠美さん、当時の烏雲さん、当時7歳は奇跡的に生き残りましたが、母親ら家族5人を失いました。

さて、植林隊は2班に分かれ、1班は葛根廟に向かいました。

それでは庫倫旗から通遼、白城を経て、葛根廟に至る約600キロの行程をVTRでご覧下さい。

(VTR)
葛根廟へ向かうのは12人です。

庫倫旗から葛根廟までは約600キロの行程です。

道路は一応舗装されてはいますが、相当いたんでいて乗り心地はよくありません。

風が次第に強くなってきました。

やがて砂嵐に巻き込まれました。

一寸先も見えません。

白城市で宿泊し、翌朝60キロ先の葛根廟を目指しました。

幹線から入ると土のでこぼこ道です。

目的地に近づいてきました。

<立花甫さんへのインタビュー>

<烏雲さんにインタビュー>

日本語訳
「葛根廟のことを思い出すたびに非常に悲しく、辛い気持ちになります。」

事件に遭った子ども達がこの辺りの住民に助けられたかも知れません。

葛根廟が見えてきました。
文化大革命で破壊された寺院ですが、再建が進んでいます。

葛根廟の前には政府関係者が待ち構えていて、内部の撮影をしないよう強く申し渡されました。

もちろん、近くの事件現場への立ち入りも禁止されました。

葛根廟事件は、このような小高い丘で起きました。
突然、ソ連軍の戦車隊が現れ、逃げ惑う邦人の群れに銃撃を加えました。
避難民は、すぐ近くに見える葛根廟に逃げ込もうとしたのですが、たどり着くことができなかったのです。

(スタジオ)

インタビュー

今回の、植林隊の第一の目的である「万里の植林」のスタートが切れたことはよかったと、思います。

けさは、この程中国内蒙古、庫倫旗での植林を無事果たされて帰国した砂漠植林隊のお二人からお話を伺いました。
木村さん、立花さんどうもありがとうございました。

 

おはようとくしま 2005年の放送