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おはようとくしま特別企画
「阪神淡路大震災から10年」
(司会・防災センター)遠藤 彰良・平石香奈子
(ゲスト)県防災局参事・前橋 哲雄さん
(中継・北淡町)宗我部英久
(中継・藍場浜)青木 愛
(VTR)
(防災センター)
こちらは板野郡北島町に去年7月オープンした県立防災センターです。
普段は防災啓発施設としてまた、非常時には災害対策活動の中核拠点として
県民に幅広く利用されています。
おはようございます。
1995年1月17日、未曾有の大惨事を巻き起こしたあの阪神淡路大震災からきょうで10年が経ちました。
地震が起きた時刻と同じ午前5時46分には各地であの震災を風化させないようにとさまざまな催しが行われました。
阪神淡路大震災から10年という大きな節目を迎えたけさの「おはようとくしま」は、スタジオからここ県立防災センターに場所を移し、もう一度、『あのとき』を振り返るとともに震災の痛みを抱えながら過ごしてきた人の声を紹介していきます。
また、あの震災の経験をこれからの未来にどう生かしていくべきか、
防災対策を含め皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
さらに中継先からは、震災から10年目の朝の表情をお伝えします。
では早速、中継で伝えてもらいましょう。
震源地だった淡路島の北淡町から宗我部さんに伝えてもらいます。
(中継・北淡町震災記念公園)
(防災センター)
今度は、徳島市の藍場浜公園から青木 愛さんに伝えてもらいます。
(中継・藍場浜公園)
それではここでいったんスタジオから天気予報を伝えてもらいます。
山下さん、お願いします。
(防災センター)
お知らせの後は、四国放送が伝えた震災の記録、そして、北淡町からの中継です。
(防災センター)
お知らせの後は、四国放送が伝えた震災の記録、そして、北淡町からの中継です。
(VTR)
最大震度7の都市直下型地震
死者・行方不明者6400人超す大惨事となった・・・
(防災センター)
こちらが阪神淡路大震災における被害状況です。
阪神淡路大震災で亡くなられた方は、6433人、いまだ行方不明の方は3人、負傷者は4万3792人にも上ります。
つづいて家屋の被害状況です。
家屋被害を受けた世帯数は、46万357世帯。
全壊や全焼など合せて24万9180棟が大きな被害に見舞われました。
(防災センター)
この防災センターの中には、災害時のさまざまな状況を再現し、その対応方法を体験することができる施設があるんです。
こちらは地震の凄さを身をもって体験できる地震体験の部屋です。
それでは今一度、阪神淡路大震災がいかに衝撃的な地震だったのか再現してもらい体験してみます。
遠藤さんが今、体験した揺れ・・・とまではいきませんが、阪神淡路大震災では県内でも震度4の揺れを観測しました。
しかし、誰もがあれほどまでの大惨事が起きているとは想像できませんでした。
続いてご覧いただくのは10年前の1月17日、四国放送が伝えた震災の記録です。
(VTR)「震災から10年四国放送が伝えた1・17」
1995年1月17日、午前5時46分。
のちに阪神淡路大震災と名付けられた大地震が発生。
その1時間14分後、「おはようとくしま」の放送が始まった。
・キャスターらがあいさつ
番組では、この地震による県内の被害状況を伝えると同時に視聴者からの情報、ホットラインを募集した。
・キャスターが視聴者からの情報を読み上げる
(遠藤彰良インタービュー)
・あんなことになっているなんて考えもつかなかった
幸い、県内では大きな被害はなかった。
このため一部の内容を変更しただけでほぼ予定通りの放送を続けた。
そして午前7時55分、番組は終了した。
しかし。
8時を過ぎた頃から大阪各局がヘリ中継をスタート。
神戸市内の惨状が伝えられ始めた。
(遠藤インタビュー)
・愕然とした
・知っていても、神戸から伝えることはできない。
・でも、どうしようもなかったが、知っているのとそうでないのでは大きく違う
淡路島への陸上ルートは当時は大鳴門橋のみだった。
このため四国放送は日本テレビを中心とするニュースネットワークNNNの要請で淡路島に向い、地震発生からおよそ5時間後の午前11時6分、震源地の様子を初めて全国に伝えた。
(NNN特番)
・行部宗一レポート
(行部宗一さんインタビュー=現在フリーアナウンサー)
・ゴーストタウンの様だった
・情報が錯綜していた
この日、四国放送は淡路島の一宮町、そして北淡町から合わせて16回の中継を行った。
淡路島からの中継や取材活動はその後1か月余りにわたり続けられた。
(防災センター)
こちらが震源地の淡路島の被害状況です。
神戸のみならず、洲本市や津名町など淡路島でも全ての地域で負傷者が出たほか、家屋被害も多数出ました。
こうやって被害状況を見ると一目瞭然ですが、やはり北淡町や一宮町では亡くなられた方が多いですよね。
その北淡町の惨事の状況をいち早く全国に伝えたのが四国放送の取材班だったというわけです。
それでは、その北淡町から中継で伝えてもらいます。
(中継・北淡町震災記念公園)
◇北淡町・宗我部リポ
(防災センター)
お知らせの後は、山下さんの天気予報、藍場浜公園からの中継と続きます。
(ジングル・北淡町中継映像)
(天気予報)
(防災センター)
けさの「おはようとくしま」は、阪神淡路大震災の10年目の特別企画をお送りしています。
今度は藍場浜公園から伝えてもらいます。
(中継・藍場浜公園)
◇藍場浜・青木リポ
(防災センター)
10年経って目には見えにくくなった震災の傷跡ですが、こうして体験者の声に耳を傾けることで災害への備えに関する意識を高めることも大切です。
ですから、今回の追悼イベントはとても意義のあるものですよね。
お知らせの後は、10年前、おはようとくしまが取材した神戸の県人の今の声をお伝えします。
(防災センター)
「おはようとくしま」では震災からまもなく、大惨事に見舞われた神戸に渡りました。
そして、神戸の惨状をリポートするとともに神戸に住む県人の安否についてもお伝えしました。
特に被害が大きかったのは、神戸市の灘区と東灘区で合わせて2404人が亡くなられました。
倒壊した家屋の数は、全半壊合わせて3万7657棟、死因の大半は家屋や家具の倒壊による圧死でした。
火災が多かったのは神戸市長田区で1759棟が全焼しました。
これは神戸市全体の全焼家屋数の7割近くにも上りました。 震災によって住まいを失った被災者は、厳しい寒さと余震の恐怖に震えながら公園や学校などに避難。
その数は最大で32万人を超えました。
突然、廃虚に変わってしまった神戸で「おはようとくしま」が出会った県人の方々は、どのようにこの10年を過ごしていたのでしょうか・・・。 (VTR)
おはようが伝えた被災者は今・・・(1)
(防災センター)
人の数は震災前と同じぐらいにまで戻ってきた三宮ですが、震災を機に各地で再開発が進んだ結果、商売をするうえでの客足は元のようには戻らなくなったとみなさん嘆いていました。
では続いて、当時、県人の理事長が切り盛りしていた神戸市東灘区の商店街を武知アナウンサーが10年ぶりに訪ねました。 (VTR)
おはようが伝えた被災者は今・・・(2)
(防災センター)
自分を見失うことなく、前を向いて頑張ってらっしゃいましたね。
また、番組では震災当時、避難所暮らしを強いられた県人を訪ね、その様子をお伝えしました。
その方たちは今、どうしているのか・・・。
宗我部さんが再び会いに行きました。
(VTR)
おはようが伝えた被災者は今・・・(3)
(防災センター)
お会いした方、みなさん前向きに力強く生きている姿がとても印象的でした。
逆境に負けない人間の真の強さを見たような気がしますね。 では、こちらをご覧いただきましょう。
兵庫県内の被災地の人口は、平成13年11月の時点、6年がかりで震災前の水準まで回復しました。
また、被災者の意識も「まちの復興感は速い」と感じている人の割合が増えるなど、神戸の復興は概ね順調に進んでいると言えそうです。
お知らせの後は、県内における防災対策や住民が主体となった防災への取り組みについて考えます。
(防災センター) 現在、防災センターでは去年の台風や大雨の被害状況をまとめた「災害写真パネル展」が開かれています。
去年は本当に防災について改めて考えさせられた一年でしたよね。
こちらには県防災局参事の前橋哲雄さんにお越しいただきました。
阪神淡路大震災からこの10年間の行政の取り組みや今後の課題についておうかがいしたいと思います。
まずはこちらをご覧ください。10年間の行政の主な取り組みです。
具体的には、県内すべての市町村に地震計を設置したほか、学校などの公共施設の耐震検査などを行ってきました。
また、今後発生が予想される南海地震の対策として防災局などの担当部署も設置しました。
住宅の耐震診断や改修を補助する制度も作られましたよね。 (前橋さん)
・住宅の耐震化は必要なこと
・来年度には改修補助枠をさらに増やす予定
今後、行政が重点的に取り組んでいくのはどんなところになりますか。
・自主防災組織の整備
こちらは徳島県と兵庫県の自主防災組織率の推移です。
去年の4月の時点で徳島県は54・6%ですが、進んでいる兵庫県はもちろん、全国平均と比べてみても徳島はまだまだ低いんですよね。 ・18年度までに65%以上にする
・災害ボランティア制度の充実
自主防災組織とボランティア組織のスムーズの連携も今後は重要になりそうですね。
効率的なボランティア活動をするうえで地域ごとの自主防災組織の整備を期待します。
前橋さん、ありがとうございました。
けさの「おはようとくしま」は、阪神淡路大震災からきょうで10年という節目の日を迎え、特別企画としてお送りしました。
震災から10年、神戸や淡路のこれまでの復興の原動力は、「互いに助け合う心の輪」と「地域の力」だったと言われています。
きょうからは、これまでの10年を振り返り、何ができ、何ができなかったのかを確かめる重要な一年と言えます。
近い将来には南海地震の発生も懸念されていますから、今後の大規模災害に備えるためにも私たち一人一人が阪神淡路大震災から学んだ貴重な教訓を生かしていかなければなりません。
取材させていただいた方
神山町出身・玄場一美さん・・・神戸市東灘区甲南本通商店街でふとん店「紀之国屋」を営む。震災当時、商店街で理事を務め東奔西走の毎日。仮店舗を転々としながら今では立派なビルを再建し復興。「おはようとくしま」では震災後1か月、3か月、1年、4年と取材。5年目にはスタジオ出演。
井川町出身・阿佐良雄さん、三好町出身・幸子さんご夫妻・・・同じく甲南本通り商店街で漬物店「阿波屋」を営む。震災半年後に仮設店舗で営業開始。現在は鉄筋ビルを建て復興。「おはようとくしま」では玄後さんと伴に取材、出演をいただいた。
東畑原市場「寿し豊」・・・震災後まもなくの時期から店を開けて奮闘していたご主人
「鳴門庵」三宮センタープラザ東館地下1階・・・震災後まもなく、地下街で営業できず路上で営業再開していたそば屋さん
鴨島町出身・浜本常子さん・・・震災直後に西宮市中央体育館で避難生活をするところを取材。1年後には鳴尾浜の仮設住宅群で取材。現在は新築した家で書道教室を開催する。
土成帳出身・堀内三日雄さん、利子ご夫妻・・・震災で家が全壊、全焼した。須磨区太田中学校で避難生活を送るところを取材した。跡形がほとんどなくなった自宅まで連れて行ってもらい現場を見せてもらう。1年後には和歌山県中辺路町の雇用促進住宅に移り住んで生活をするところを再び取材。その後新築し内職をしながら暮らすところを取材させていただいた。
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