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2004/09/07 No.8166 |
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なつかしの徳島:お休み | |||||||
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けさの生け花:未生流中山文甫会・島田千代甫さん |
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「凱旋!金メダリスト・柴田亜衣」
ゲスト
アテネ五輪競泳女子800m自由形金メダリスト・柴田 亜衣さん
(VTR)
日本中が感動の渦に包まれたアテネ・オリンピックの競泳女子800m自由形。
見事、金メダルを獲得したのは、穴吹高校出身の柴田亜衣選手でした。けさは一躍日本のヒロインとなった金メダリスト、柴田亜衣選手にスタジオにお越しいただいています。
柴田亜衣。
1982年、福岡県北九州市出身の22歳。
3歳で水泳をはじめ小学校2年のときに脇町に移り住み、高校卒業までを徳島で過ごす・・・。
現在、鹿屋体育大学4年生。
今回、初めて出場したオリンピックで金メダルを獲得し注目を集めました。
柴田選手、金メダルおめでとうございます。
<花束贈呈>本物の金メダル!
ちょっと触らせてもらってもいいですか?
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<インタビュー>
遠 ズバリ、金メダル獲ってみてどうですか?
柴 (答え)
遠 金メダル、獲れると思っていましたか?
柴 (答え)
青 久しぶりの徳島、しかも金メダルを獲っての凱旋ですが、きのう帰ってきてどうでしたか?
柴 (答え)
みなさんも御存知だと思いますが、柴田選手は昨日、県民栄誉賞を受けられました。
県民栄誉賞は、県民に明るい希望や活力を与えた人や団体に贈られます。
過去には池高野球部の蔦元監督、プロ野球殿堂入りした上田利治さん、ゴルフのジャンボ尾崎さん、ボクシングの元世界チャンピオン、川島郭志さんなど5人と1つの団体(池田高校野球部))の蒼々たるメンバーが受賞しています。
映像見ながら柴田選手とやりとり
Q・県民栄誉賞ですよ!柴田さん。
なかなか貰えるものじゃありません。
この賞を貰った気分ってどんな感じですか。
柴 (答え)
これもみなさんよく御存知だと思いますが、アテネから帰国した成田空港や大学のある鹿児島県鹿屋市でも柴田選手の凱旋は大いににぎわいました。
(インサートVTR)
※映像見ながら柴田選手とやりとり
Q・成田での歓迎ぶりは予想してました?
Q・鹿屋ではオープンカーに乗って4・6qもパレードしたんですね。
この時はどんな気分だったんですか?
鹿屋の方は随分にぎやかな雰囲気でしたが、柴田選手が育った美馬郡脇町でも金メダリストの凱旋を今か今かと待ちわびているんですよ。(インサートVTR)
※映像紹介しながら柴田選手とやりとり
脇町役場や母校の穴吹高校には 金メダル獲得を祝う懸垂幕が掲げられ、凱旋ムードが盛り上がっています。
また、脇町のショッピングセンターでは、柴田選手の子どもの頃の写真やオリンピックの写真など60点と金メダル獲得を伝える40点あまりの新聞記事を展示し、柴田選手の偉業を称えています。
きょうは脇町で祝賀会が開かれますが、このあと脇町に帰るのが楽しみになってきたんじゃないですか?
柴 (答え)
それではここで柴田選手が金メダルまで歩んできた道のりを振り返ります。
(VTR)
柴田選手が生まれたのは佐賀県東松浦郡。
3歳で水泳をはじめたときには水を怖がって泣いたと言います。
小学校2年のときに美馬郡脇町に移り住み、同時に近くのOK脇町に通い始めました。(しゃべり)
ところがその3年後、一家は岐路に立たされます。
父親の條二さんの転勤です。
しかし、水泳選手として記録が伸び始めていた柴田選手は、脇町に残ることを決意。
これを機に柴田選手は徐々に頭角を現し始めます。
OK脇町の阿部コーチによる熱心な指導の甲斐もあって県中学総体に優勝。
(音トリキリ)
毎日朝夕、17q・・・。
とにかく距離を泳ぎ込む過酷なトレーニング。
友達と遊びたい年頃にもかかわらず、柴田選手は決して泳ぐことをやめようとはしませんでした。
(音トリキリ)
ところが栄光への道は平坦ではありません。
いくら泳いでも記録が思うように伸びない、くじけそうになる毎日。
そんなとき彼女を支えたのはやはり家族の存在でした。
(音トリキリ)
高校卒業後、阿部コーチの薦めで鹿屋体育大学に進学。
国体で徳島県代表の旗手を務めたり、世界の強豪と競った大会で入賞したりと次第に秘めたる実力を開花させていきます。
そして、今年4月の日本選手権。
自己ベストを大幅に更新する泳ぎを見せ、400mと800mの2種目で夢にまでみたオリンピック出場の切符を手に入れました。
子どもの頃からいっぱい練習して、いい記録出したい・・・。
本当に水泳が大好きだったんですね。
昔の泳ぎを見ていかがですか?柴(答え)
柴田選手の金メダルの原動力、柴田選手の実力の礎を築いたのは紛れもなく徳島での11年間・・・。
阿部コーチとの毎日の練習だったようですね?
(トリキリ)
柴(答え)
高校の頃は毎日どれくらい泳いでいたんですか?
柴(答え)
子どもの頃からの夢だったオリンピック。
今年、そのオリンピックの年、オリンピック・イヤーを迎えるにあたってどんな気持ちになりましたか?
柴 (答え)
4月に行われたオリンピック選考会を兼ねた日本選手権。
大きく自己ベストを更新してアテネ行きを決めました。
(インサートVTR)
※映像見ながら柴田選手とやりとり
Q・オリンピックにつながる試合ですが、緊張はありませんでしたか?
Q・アテネ行きが決まった瞬間、どんなことが頭をよぎりました?
Q・この日本選手権の泳ぎで世界でも戦えるという気持ちになれたそうですね?
この選考会を兼ねた日本選手権で自己ベスト・・・という話がでましたが、
最近の柴田選手の800mの記録を見てください。
(CGトリキリ)
2年前の日本選手権では、8分46秒86。
それが出るたび出るたびこのようにタイムを縮めていき、今年に入ってから飛躍的な伸びを見せていきました。
記録が伸びた背景には、アメリカでの高地トレーニング、
高い場所、空気の薄いところでの練習が効果的だったと言われていますが、それには何か理由があったんですか?
柴 (答え)
※高地練習では、泳ぐときに呼吸回数を減らして心肺機能の強化を図った。
ここで身につけた呼吸法が記録短縮の要因と言われる。
そして、アテネを控えた6月には「おはようとくしま」にも永井選手と一緒に出てくれましたね。
あの時、なんて言ってくれたか覚えてます?
柴 (答え)
柴田選手、力強くこう語ってくれました。(VTR)
(音トリキリ)
アテネでも自己ベストが出る!
有言実行ですね!、柴田さん。
何か予感みたいなものがあったんですか?
柴 (答え)
それではアテネ・オリンピックでの柴田選手の見事な泳ぎを振り返りましょう。
(インサートVTR)
こちらは400mの決勝です。
予選で自己ベストを更新し、4位の予選タイムで決勝進出です。
柴田選手は6コースからのスタートです。
柴田選手を11年間指導してきた阿部コーチも脇町の自宅で応援です。
※映像見ながら柴田選手とやりとり
Q・400m決勝は、自分の泳ぎはできたんですか?
Q・400mは、5位という結果になったんですが、この時点で800mに向けての意気込みに何か変化はありましたか?
そして、こちらが800m自由形決勝です。
予選は3位で通過しました。
柴田選手は3コースからのスタートです。
脇町では高校の同級生など300人あまりが集まり応援しました。
※映像見ながら柴田選手とやりとり
Q・800mでは、「慌てず、焦らず、あきらめず・・・。」
この言葉を頭の中で繰り返していたそうですが、作戦通りの泳ぎができたんですか?
Q・実は柴田選手、水泳の世界では今、あまり主流ではない1回のストロークのうちに2回しかキックをしない上腕の強さを生かした泳ぎ方ですよね。
これには何か理由があるんですか?
Q・それで「金メダルが獲れる!勝てそうだ!」って思ったのはどれくらいのところですか?
いや〜、本当にすごかったですね。
それに柴田選手の表彰が終わったあとのインタビューがこちらまで泣けるものだったんですよね。(VTR)
柴田さん、改めてご覧になってどうですか。
感動が甦ってきたんじゃないですか。
柴 (答え)柴田選手の泳ぎを日本の国民全員が応援し、その勝利に感動しました。
実況アナウンサーも言ってましたがホントに「大変なこと」をやってくれました。
こんな凄いお子さんを持ってご両親もさぞかし嬉しいことと思います。
実はきょうはスタジオにご両親も来てくれています。
どうぞ娘さんのそばに来てください。お父さん、お子さんが金メダルですよ。
お気持ちはいかがですか?
父 (答え)
お母さん、徳島・脇町で過ごした日々の苦労なんかが甦ってきたんじゃないですか。
母 (答え)
自分のお子さんがこんなに立派になりました。
やっぱり、なんとも言えない気持ちですか?
父 (答え)
OK脇町で柴田さんを育てた阿部コーチにもお越しいただいています。
基礎を築いた日々が報われた・・・など。
<視聴者からのメッセージ・ホットラインを紹介>最後に柴田さん、大きな夢を達成したあとで目標が定まりにくいかもしれませんがこれからの目標、考えていることがあれば聞かせてください。
柴 (答え)
また、徳島にも帰ってきてスタジオにも来てくださいね。
けさはアテネ・オリンピックの競泳女子800m自由形・金メダリスト、柴田亜衣選手にお越しいただきました。
金メダル獲得、おめでとうございました。
(ハイライトVTR)