2000/11/07
パラリンピックを終えて・金の藤本、銅の宮内
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2000/09/12
めざせ金メダル・パラリンピック県人3選手
ゲスト
| 柔道66キロ級 藤本聰さん Fujimoto Satoshi |
Real Video で動画音声を再生 | |
| 柔道100キロ超級 宮内栄司さん
Miyauchi Eiji |
Real Video で動画音声を再生 | |
| 卓球 藤岡明美さん Fujioka Akemi |
Real Video で動画音声を再生 |
*放送したビデオから再生(放送時の気象情報が一部に表示されています。)
2000/09/12
めざせ金メダル・パラリンピック県人3選手
身体障害者のオリンピックに参加する選手のみなさんです。
徳島からは柔道と卓球に3人の選手が参加するんですが
けさは、パラリンピックに出場する県人選手にスポットをあてます。
柔道66キロ級に出場する徳島市の藤本聡さんです。
藤本さんは目に障害をお持ちです。
今回の出場は2回目、前回アトランタ大会で
見事金メダルを獲得しています。
お隣は同じく、柔道100キロ超級の宮内栄司さんです。
2歳の時に両目を失明されました。
宮内さんも2回目の出場で
92年のバルセロナ大会では銅メダルを獲得しています。
そして最後は卓球で出場します
徳島市南田宮の藤岡明美さんです。
藤岡さんは両足の機能障害で
今回パラリンピックの出場は初めてです。
ゲストへのインタビュー
(VTR)
パラリンピックに柔道で出場する藤本聡さんは
今盲学校の理学療法科の実習助手として働いています。
4年前のアトランタ大会の時は全く逆の立場、
この盲学校の生徒でした。
学校を卒業し、1年間病院勤めをして3年前に採用となりました。
生徒は全員で25名。
もちろん藤本さんより年上の人もたくさんいます。
藤本さん、
4年前より一回り大きく成長したような気がします。
藤本さんは子どもの頃から目が不自由で左目は視力がありません。
右目も矯正して0.2見えるのが精一杯です。
柔道を始めたのは5歳の時。
高校時代は国体もインターハイにも出場できませんでした。
4年前のアトランタ大会ではじめて
金メダルという大きなタイトルを手にしました。
藤本さんは盲学校に勤めるようになって以来
柔道も指導する立場に代わりました。
学校の柔道部の副顧問を任されているのです。
しかし、指導する立場になって
自分の練習時間はめっきり少なくなってしまいました。
他にも会議などが夜遅くまで続いて
練習時間は思うようになりません。
それでも出場が決まった6月以来、
生徒を指導しながら
藤本さんはマイペースの調整を行っています。
藤本さんが出場するのは66キロ級。
この日も生徒を相手に基本的な打ち込みが繰り返し行われました。
とにかく考える。
負けたときはなんで負けたのか?
勝ったときはなぜ勝てたのか?
常に考えることを忘れないのが藤本さんの柔道です。
藤本さんは今年の4月から
親元を離れ、徳島市内で一人暮らしをはじめています。
実家に帰るのは2〜3週間に一度。
徳島市内でラーメン店を営んでいるご両親も
この一人暮らしは少し心配です。
社会人になって一人暮らしも始めて・・・・
さらに藤本さんは今、教員の免許を取るために
通信教育も始めています。
4年前より一回り大きく成長した藤本さんに
2大会連続の金メダルが期待できそうです。
同じく柔道でも100キロを超えるクラスに出場する
宮内栄司さんは6年前から徳島市の秋田町でマッサージの
治療院を開いています。
朝の9時から夜遅いときは10時過ぎまで休む暇もありません。
宮内さんが柔道を始めたのは14歳の時。
全盲というハンディキャップを背負いながらも
人一倍の練習量で数々のタイトルを手にしてきました。
一番は92年のパラリンピック・バルセロナ大会での銅メダルです。
宮内さん、19歳。当時は71キロ級の選手でした。
しかし、前回のアトランタ大会は出場を逃しました。
宮内さんは2歳の時に「はしか」が原因で両目を失明しました。
今は4年前に結婚した奥さん、佳子さんが
事務などの仕事をして栄司さんを支えています。
マッサージの仕事が忙しくて練習もままならない
それが今の宮内さんの現状です。
柔道着にはもう、一ヶ月近く袖を通していません。
この日も筋力が落ちないように
家の中で腕立て伏せやダンベルを持ち上げるのが精一杯です。
時には階段も利用します。
腕立て伏せの状態でゆっくり下りてきます。
前身の筋肉を鍛えるための宮内さん独自の練習方法です。
しかし、これも全盲がゆえの練習方法でした。
宮内さんは8月、日本視覚障害者柔道連盟主催の
強化合宿に参加しました。
場所は牟岐町の出羽島。
66キロ級の藤本さんはもちろん、
実際にシドニーで対戦するフランスの選手も一緒でした。
ちかづく大会を前に
少し神経質になっているという宮内さん。
でもふたりの子どもたちの前では
やさしいお父さんです。
しかし、その表情の中に
シドニーへの熱い闘志が見えていました。