2000/05/09
「県出身のJリーガー 22歳黒部光昭(くろべ・てるあき)の挑戦」
今年二月、徳島県出身のひとりの青年が
プロサッカー選手になりました。
黒部光昭(くろべ・てるあき)22歳。
プロは実力が全ての厳しい世界です。
彼は敢えてその世界で生き抜くことを選びました。
自分の可能性に賭け、サッカーに打ち込む
黒部選手の奮闘ぶりを紹介します。
けさは那賀郡那賀川町出身の黒部光昭選手の
サッカーに賭ける姿をカメラレポートでご紹介します。
黒部光昭選手は
昭和53年生まれの22歳、慎重は177cm体重70kg。
那賀川町の今津小学校から那賀川中学、
そしてサッカーの名門・徳島商業を経て
福岡大学へと進みました。
そして今年2月京都パープルサンガへ入団し、
プロとしてのスタートを切ったわけです。
高校からプロ入りする選手が多い中で
黒部選手は大学を卒業してプロとなったわけですね。
年齢も22歳。チームの即戦力と期待されての入団でした。
とことで同じ徳島県出身のJリーグサッカー選手として
まず思い浮かべるのは、サンフレッチェ広島の
藤本主税選手です。阿波踊りを踊るあの選手。
「おはようとくしま」でも出演していただきました。
今や、シドニーオリンピック代表候補にも名を連ねる
この藤本選手と黒部選手は同じ年。
実は高校時代に徳商と市高に分かれて名勝負を繰り広げた
ライバルだったんです。
藤本選手に遅れること4年。同じプロの舞台に立った
黒部選手の奮闘ぶりを、
今年3月から5月までの二カ月あまりを取材しました。
3月5日。
鳴門市でJリーグのプレシーズンマッチが行われました。
この試合は、毎年シーズン開幕前に全国各地で行われる
親善試合です。普段、徳島ではお目にかかれないJリーガーを
一目見ようとスタンドには約6千人が詰めかけました。
この試合の前半、黒部選手は控えにまわっていました。
ほおづえをついている選手です。
黒部選手のポジションはフォワード、
最前線で点を取るのが仕事です。
このポジションには背番号・11、日本代表の
三浦知良(みうら・かずよし)選手や
ブラジルから加入したヘジス選手がいます。
ほかにもJリーグで実績を持つ選手など全員で9人が
フォワードのレギュラーを争っています。
1点リードされた試合終了直前、
監督から出場が言い渡されました。
存在をアピールするチャンスです。
黒部選手に与えられたのはわずか10分。
しかし、結果を出せない者は
この世界では生きてはいけません。
プロは結果がすべてなのです。
地元の声援を背に、何とかいい結果を残したい、
黒部、積極的に相手エリアへと攻め込みます。
左サイドを突破する京都、
黒部にパス、右足のシュート。
ポストにはじかれました。
惜しいチャンスでした。
試合終了のホイッスルです。
結局この試合はヘジス選手が得点し、
1対1で引き分けました。
厳しい表情の加茂監督です。
活躍したライバルに比べ、与えられたチャンスをものに
できなかった黒部。地元徳島で悔いの残る試合となりました。
(黒部選手インタビュー)
京都府城陽市です。京都の南部に位置するこの町に
黒部選手の所属する「京都パープルサンガ」があります。
3月28日。チームは3戦目までを終えました。
これまでの成績は1勝2敗です。
黒部選手はこれまで公式戦2試合に途中出場しました。
しかし、いずれも自分自身納得のいくできではありませんでした。
(黒部選手インタビュー)
黒部選手がサッカーをはじめたのは小学2年生のときでした。
走るのが速かった黒部少年は5年生でチームのエースとなり、
多くの大会で活躍しました。
これは、89年、小学6年生の県大会の模様です。
ひとりで相手陣内へ切り込むのが黒部選手です。
当時からぬきんでた力をもっていました。
サッカーの楽しみを知った黒部少年は
名門、徳島商業へと進みます。
(元徳島商業香留監督インタビュー)
そののち黒部選手の才能は一気に開花します。
高いヘディング力と、左足から放たれる豪快なシュートを武器に
黒部選手は徳島商業のエースとなりました。
黒部選手のもとには
プロからの誘いも寄せられるようになりました。
しかし、黒部選手は大学への進学を選びます。
(黒部選手インタビュー)
大学でもその活躍はめざましく、黒部選手は
大学サッカー界屈指のストライカーに成長していました。
去年、4年生になった黒部選手は
スペインで開かれたユニバーシアード大会の
日本代表に選ばれました。
背番号は「10」。エースに与えられる番号です。
日本は、イギリス、オーストラリア、ナイジェリアなど
世界の強豪と戦いました。
しかし、結果は1勝3敗引き分け2。
世界のレベルの高さを思い知らされました。
(黒部選手インタビュー)
黒部選手の大学時代は、ケガとの闘いでもありました。
去年8月には試合中に右足首を骨折し3カ月の重傷を負いました。
現在でもその右足には
ステンレス製のボルトが埋め込まれたままになっています。
今年大学を卒業した黒部選手は
京都パープルサンガに入団しました。
サッカーに打ち込んできた自らの可能性を
プロの世界で試してみたいと思ったのです。
チームを率いるのは加茂周。
日本代表の監督をも務めた加茂さんの指導力と
豊富な経験に惹かれて若い選手達が集まりました。
この日から黒部選手はプロとしての第一歩を踏み出したのです。
入団から一カ月あま。
この日は大学チームとの練習試合の日です。
実はこの試合は三日後に広島で行われる
サンフレッチェ広島戦に出場するメンバーを決めるための
選考会でもあったのです。
黒部選手の出番です。
持ち前のスピードを生かして前へ出ます。
黒部、相手ディフェンダーに倒されます。
骨折からまだ完全に回復していない右足です。
学生時代、3カ月を棒に振ったあの悪夢が頭をよぎります。
痛む右足をこらえて黒部選手はこの試合
2得点をあげる活躍を見せました。
三日後の広島戦出場に向け、大きくアピールできました。
(三浦知良選手インタビュー)
一日の練習が終わりました。
(黒部選手インタビュー)
友達や兄弟、そしていつもはげましてくれる父と母。
徳島の人たちが心の支えです。
夜7時、夕食です。
選手達は宿舎の一階にあるレストランに集まります。
グラウンドでは見せないリラックスした顔がそこにはありました。
宮崎、三木の両選手は黒部選手と同い年です。
黒部選手は、なにかと話の合うこのふたりと
食事や買い物などサッカー以外でも一緒にすごします。
(MF宮崎、DF三木選手インタビュー)
4月1日。パープルサンガは適地広島へと乗り込みました。
黒部選手はこの試合、初の先発出場です。
選考会でもアピールが実りました。
サンフレッチェ広島には徳島出身のひとりの選手がいました。
「藤本主税(ふじもと・ちから)」
藤本選手は徳島市立高校を卒業と同時にプロ入りし、
今やチームの主力として活躍しています。
去年、22歳以下の日本代表にも選ばれ、
今年のシドニーオリンピック代表候補に
名前を連ねるまでになりました。
藤本と黒部。
このふたりは高校時代を戦ったライバルだったのです。
95年、徳島県大会の決勝戦は目の離せない熱戦となりました。
藤本率いる徳島市立が1点リード。
エース黒部を擁する徳商はこれに追いつき同点とします。
しかしすぐさま、徳島市立に反撃され2対1と突き放されます。
試合終了直前、リードされた徳商に同点のチャンスが訪れます。
(県大会決勝実況)黒部のシュートポストに当たる
この試合が黒部選手の高校時代最後のプレーとなりました。
高校三年間でライバル藤本に勝つことは一度もできませんでした。
そして五年を経た今、黒部選手はプロという舞台で
再び藤本とまみえました。
背番号16。黒部選手は積極的にゴールをねらいます。
京都は藤本の速い動きを体をはってくい止めます。
前半を0対0で折り返しますが
後半、京都は立て続けにゴールを決められます。
黒部は厳しいマークにあい、思うようなプレーができません。
一点が欲しい。
黒部は強引に相手陣内へと切り込みます。
無情のホイッスルが競技場にひびきます。
2対0。完敗です。
「何もできなかった」
無力感がこみ上げます。
またも藤本には勝てませんでした。
ふがいないチームの闘いぶりに
サポーターは怒りを露わにします。
京都はこの試合を境に、連敗を続けます。
出口の見えない、暗く長いトンネルです。
那賀郡那賀川町。
水と緑の豊かなこのまちで黒部選手は生まれ育ちました。
地元で電気工事業を営む父の伸一さんです。
不振を続けるチームと息子のことが心配でたまりません。
雑誌や新聞など息子の名前が載っているものは
すべて買い集めています。
黒部さん夫妻は
光昭選手が小さい頃からその活躍を見守ってきました。
(両親インタビュー)黒部伸一さん、さやかさん。
5月3日。パープルサンガは地元で福岡を迎え撃ちます。
ここまでは6連敗。気が付けばリーグ最下位に転落していました。
試合前、選手達を前に、加茂監督が檄を飛ばします。
いつもはテレビで応援している黒部選手の両親も
徳島から駆けつけました。
前半、京都はキャプテン三浦選手らの活躍で福岡を圧倒します。
2対1と京都リードで迎えた後半、
黒部選手がピッチに立ちました。
黒部は果敢にゴールを狙います。
わずかに左へそれます。
後半20分、福岡に追いつかれます。
2対2、同点です。
試合は延長戦に突入します。
黒部、気迫溢れるプレーでボールを奪います。
「とにかく勝ちたい」
がむしゃらにゴールへと突進します。
このまま引き分けかと思われた試合終了直前、
福岡に一瞬のすきを突かれます。
試合終了です。
呆然とする黒部。
京都は最後の最後で力つきました。
あきらめきれない表情の黒部。
しかし気迫溢れる闘いぶりに地元サポーターも
暖かい拍手を送ります。
(両親インタビュー)
(黒部選手インタビュー)
夢を信じ、夢に向かって突き進む。
22歳、黒部光昭選手の挑戦は
今はじまったばかりです。
司会
遠藤彰良、宗我部英久、喜多ちひろ
制作
芝田和壽