東 辰三(あずまたつみ)

 
 大正9年兵庫県生まれ。本名・山上松蔵。神戸高等商業学校卒業。

 昭和11年コロムビアから伊藤久男の「別れ」で作詞家デビュー。

 淡谷のり子の「別れのフラ」を作詞後、昭和12年ビクターに移籍。

 自ら主宰したアマチュアコーラスグループ

 「東京リーダー・ターヘル・フェライン」で、「つわものの歌」や

 「荒鷲の歌」(「ブンブン荒鷲ブンと飛ぶぞ」で大ヒット)を作詞作曲し、

  「国境ぶし」「お玉杓子は蛙の子」「バゴタの鐘」など100曲ほどを作る。

 作品の半分近くが、自ら作詞作曲の両方を手がけたもので、

 戦後戦災で壊滅的な打撃を受けたビクターが復活した時の初の大ヒット、

 「港が見える丘」(平野愛子)やB面の「泪の乾杯」(竹山逸郎)のほか、

 平野愛子の「君待てども」「白い船のいる港」なども作詞作曲。

 そのほか竹山逸郎の「熱き泪を」「恋も泪の夜の雨」など作曲したが、

 昭和25年9月27日帰らぬ人に。50歳。