第26回 昭和26年(1951年)

出来事 「対日講和条約・日米安保条約同日調印」
  主権は形の上で回復したが、冷戦構造の中でアメリカ陣営に組み込まれるという
  アメリカ支配による「平和」の下での「独立」となった。
「マッカーサー元帥解任」
  アメリカ政府が交渉による朝鮮戦争終結を中国に呼びかけようとしていた矢先に
  最後通告に等しい形で中国に降伏を呼びかけ、国連軍による大陸進攻をほのめかした行為が、
  トルーマン大統領に「命令に対する反逆」ととられたため。
「桜木町事件」
  京浜東北線赤羽発桜木町行き電車が桜木町駅手前で火災。106人死亡、92人負傷。
  碍子交換作業中に断線し垂れ下がった架線に電車のパンタグラフが接触して火を出した。
  屋根に絶縁塗料がなくペンキ塗りだったため火のまわりが速く、
  窓は三段仕切りで中段が固定されて大きく開かず乗客が脱出できずに車内で焼死。
  「不完全な設備で安全施策をとらず一人でも多く乗せて増収を計ろうとした結果」と非難される。  
「児童憲章制定」
  『児童は人として尊ばれる』『児童は社会の一員として重んぜられる』
  『児童は、よい環境のなかで育てられる』の総則三箇条が宣言される。
  当時、親を戦争で失った子供は24年の段階で約126万人。
  青少年犯罪は、20年を100として23年度は279で14歳未満の犯罪が目立った。
  子供の人身売買は25年に548人で、実態はこの数倍から数十倍だったと言われる。
「アナタハンの20人帰還」
  マリアナ諸島アナタハン島で敗戦を知らずに生きていた日本兵が帰還。
  7年間という歳月から「長い間アナタハンにしとりました」などの流行語を生んだ。
「五十円札発行」
  日銀総裁・蔵相・首相を歴任した高橋是清の肖像入り。明治32年以来半世紀ぶりの発行。  
世相

流行
「民間放送開始」
  9月1日午前6時30分名古屋の「中部日本放送」で第一声が放送された。
  同日正午に「新日本放送」(大阪)。11月には「朝日放送」(大阪)が放送を開始。
  12月には「ラジオ九州」(福岡)、「京都放送」、「ラジオ東京」とこの年6局が開局。
  民放初のCMは「精工舎の時計がただいま7時をお知らせしました」の服部時計店のCM。
「サザエさん」
  「朝日新聞」朝刊で連載開始。21年に福岡の「夕刊フクニチ」の四コマ漫画でスタート。
  作者の長谷川町子が郷里の福岡に疎開中、夕刊紙から依頼されて描き始めたもので、
  砂浜で作品の骨組みを考えていたため登場人物に「海産物」の名前をつけることになった。
「日航一番機」
  10月民間航空再開一番機「もく星号」が東京−大阪−福岡の定期航路で就航。
  7月に「日本航空株式会社」も設立され、日本の航空活動がようやく解禁された。
  料金は東京−大阪間片道6000円。国家公務員上級職の初任給6500に匹敵。
  女性乗務員第1期生は1300人から15人を採用。「エアガール」と呼ばれた。  
「ファッションの時代」
  朝鮮戦争勃発以来の特需景気で飢餓の不安から脱せた人々の関心が衣類やファッションへ。
  初めての本格的なファッションショーも開かれ、ファッションモデルも誕生した。  
スポーツ 「プロ野球初のオールスター戦」
  甲子園球場に5万人を集めて開催。「セ」が別所・金田・杉下のリレーで先勝。
「中日球場火災」
  名古屋対巨人戦の3回裏にネット裏上段席付近から出火、3人死亡、重軽傷385人。
映画 「『羅生門』グランプリ受賞」
  ベネチア国際映画祭で日本映画史上初のグランプリ。
  敗戦のショックから立ち上がろうとしていた日本にとって画期的な朗報となった。
  多くの日本人が初めて「グランプリ」という言葉に触れ、以降「最高賞」という意味で流行した。
「カラー映画の夜明け」
  日本初の「総天然色映画」として「カルメン故郷に帰る」が公開。
  撮影日数71日。直接製作費3900万円かけて撮影された。  
番組 「第一回紅白歌合戦」
  人気歌番組の新春特集で1月3日の夜1時間だけ放送され大成功を収めた。
   第三回まで新春に行われ、第四回から大晦日の放送に移行した。
  第一回の出演者は、女性軍が、菅原都々子、暁テル子、菊池章子、
  赤坂小梅、松島詩子、二葉あき子、渡辺はま子。
  男性軍は、鶴田六郎、林伊佐緒、近江俊郎、鈴木正夫(民謡)、
  楠木繁夫、東海林太郎、藤山一郎の計14人のそうそうたる顔ぶれ。  
「ラジオ体操復活」
  GHQにより禁止されていたラジオ体操が新しい形式で復活全国に放送された。  
ヒット商品 「LPレコード」
  アメリカ・コロムビア社から原盤と原料を輸入しプレスだけを行い日本で初めて発売された。
  ベートーベンの交響曲第九番、ストラビンスキーの詩篇交響曲などを収録。2300円。
「コンタクトレンズ」
  3年前からヨーロッパで女性の間に流行。わが国で初の国産化だが長時間は使用できなかった。
「ナイロン歯ブラシ」
  ライオン歯磨がアメリカ・デュポン社からの輸入糸を使って発売。国産初。
「カレンダー付腕時計」
  服部時計店が国産初の窓に曜日が出る腕時計を発売。文字盤外側の日付をさす日針もあった。
「バヤリース」
  アメリカ・バヤリース社から原料を輸入して製造販売を開始。オレンジジュースの代名詞に。
「ミルクチョコレート」
  乳製品の統制撤廃とカカオ豆の輸入再開を機に、明治製菓が戦後初の国産板チョコレートを発売。
「風船ガム」
  これまでは人口甘味料を使ったものが多かったが、ロッテから砂糖入りが発売。1個5円。   
流行語 「ゴールデンアワー」
  午後7時から9時までのラジオの放送時間帯で聴取率が最も高いことからこう呼ばれた。
  民間放送では、この時間帯の広告料金が一番高く、ラジオ東京では1時間12万円だった。
「PR」
  『パブリック・リレーションズ』の頭文字をとり、ラジオの民間放送開始と同時に広まった。
「ワンマンカー」
  運転手が車掌を兼ねるバスや電車。大阪市バスで試みたのが始まり。
「チラリズム」
  女剣劇の立ち回りで乱れた裾からチラリと内ももがのぞく様子をエロティシズムとかけた。
  戦後のストリップにかわるお色気として浅香光代が売り物とするようになり流行。  
ヒット曲 あゝ高原を馬車は行く/小畑実
赤い椿の港町/霧島昇
あこがれの郵便馬車/岡本敦郎
あの丘越えて/美空ひばり
アルプスの牧場/灰田勝彦
越後獅子の歌/美空ひばり
江の島エレジー/菅原都々子
高原の駅よさようなら/小畑実
上海帰りのリル/津村謙
上州鴉/瀬川伸
情熱のルムバ/高峰三枝子
白いランプの灯る道/奈良光枝
月の出船/田端義夫
東京の椿姫/津村謙
トンコ節/久保幸江・加藤雅夫
ミネソタの卵売り/暁テル子
野球小僧/灰田勝彦
ヤットン節/久保幸江
連絡船の唄/菅原都々子
私は街の子/美空ひばり

※ ピンク色のタイトルは放送された曲です

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