第24回 昭和32年(1957年)

出来事 「第一次岸信介内閣誕生」
  「第一次防衛力整備計画」を策定するなど防衛力増強の必要性を、
  内政面では汚職・暴力・貧乏の「三悪追放」を提唱。
  革新政党や組合とは対決姿勢を示し保守革新の対立を深める。  
「南極大陸に昭和基地設置」
  南極大陸の西オングル島に初めて日の丸が掲げられる。
  明治45年白瀬探検隊が日本人として南極上陸に成功して以来45年ぶり。
  11名の隊員と犬19頭・ネコ1匹・カナリア2羽が越冬。
「諫早水害」
  長崎市諫早市を中心に一日700ミリ以上の降雨。死者行方不明者992人に。
「新硬貨(100円)&新紙幣(5000円)発行」
  新百円銀貨は、地方では紙幣が喜ばれたため、あまり浸透しなかった。
  新五千円札は、表に聖徳太子・裏に日本銀行が描かれ、偽造防止のため透かしも。
「東京都が都市人口世界一に」
  7月1日現在で851万8622人でロンドンの824万人などを抜き「世界一」と報道。  
「原子力時代の幕開け」
  茨城県東海村の日本原子力研究所の湯沸型原子炉に日本初の「原子の火」が点火。
「ソ連が人工衛星の打ち上げに成功」
  人類誕生以来初めて、地球から大気圏外へ物体を送り込み信号をの受信に成功。
  ロシア語で「衛星」「旅の同伴者」を意味する「スプートニク」と名付けられた。  
世相

流行
「セルフサービスの店急増」
  客が自分で商品を選んで代金を支払う店が急増。スーパーマーケットの原型に。
  大阪・京阪電鉄千林駅前には「主婦の店ダイエー」の1号店が開店。
「そごう東京店開店」
  大阪の百貨店「そごう」の東京進出第1号として千代田区有楽町駅前に誕生。
  「有楽町で逢いましょう」がPRソングとして大ヒット。店のキャッチフレーズに。   
「テレビのカラー放送」
  NHKと日本テレビが、30分〜1時間のカラー実験放送を始める。
「宇宙旅行案内所」
  11月銀座に開設。人工衛星打ち上げ成功に後押しされ世間の話題に。
  10万坪200円の火星の土地分譲や「火星案内」(100円)が販売された。
「ポニーテール」
  小馬(ポニー)の尻尾(テール)を意味する。
  29年公開のアメリカ映画「月蒼くして」の主演マギー・マクマナラの髪型から流行。
  ヘップバーンカットとともに若い女性たちの間に流行。
「サイクリングブーム」
  カラフルな自転車で余暇を楽しむ人が増え、一日400円の貸自転車業が繁盛した。
スポーツ 「センバツ高校野球で早稲田実業優勝」
  5−3で高知商業を破り、東日本勢として初の優勝。この時の投手は王貞治選手。 
「東京六大学で立教大学優勝」
  戦後2度目4年ぶりの優勝。長嶋茂雄・杉浦忠らスター選手を輩出。  
「栃若時代」
  大相撲秋場所で栃錦と若乃花が優勝を争う。「黄金時代」の幕開け。
  
「プロレス世界タイトルマッチ」
  「空手チョップ」の力道山と「脳天逆落とし」のルー・テーズが対戦。時間切れ引き分けに。  
映画 「空前の映画ブーム」
  年間映画館入場者が10億9888万2000人に達する。
  日本人が1年間に12回弱、1日に300万人が映画館へ足を運んだ計算になる。
  配給は週2回が主流。俳優も丸4日の徹夜を強いられる事態に。
「戦場にかける橋」
  タイの鉄道建設をめぐる日英両軍兵士の交流を描きアカデミー賞7部門を受賞。
  主演:ウイリアム・ホールデン、早川雪洲。主題曲「クワイ河マーチ」もヒット。
「八十日間世界一周」
  軽気球などで世界を旅する物語。マレーネ・ディートリッヒなどスターがゲスト出演。
  大型画面の娯楽映画として話題に。
「喜びも悲しみも幾歳月」
  木下恵介監督、佐田啓二・高峰秀子主演の松竹大船映画。
  25年間にわたる灯台守夫婦の運命と深い絆を描く。主題歌もヒット。  
番組

芸能
「赤胴鈴之助」
  1月ラジオ東京が放送を開始。「少年画報」連載の漫画(武内つなよし作)をドラマ化。
  「剣をとっては日本一に」の主題歌もヒット。聴取率30%を超える人気番組に。
  出演したのは、一般公募で選ばれた吉永小百合、藤田弓子。
「オヤカマ氏とオイソガ氏」
  2月文化放送が始めた15分間のホームコメディーで9年間続いた。
  原作は同名の漫画(岡部冬彦作)。出演は、柳沢真一、柳家金語楼、北原文枝など。
「美空ひばり塩酸事件」
  正月公演中の美空ひばりが浅草国際劇場で塩酸をかけられ顔などに全治3週間のヤケド。
  犯人は19才の女性ファンで、同じ年齢の人気スターへの嫉妬が犯行の動機。
「川田晴久没」
  結核性腎臓炎で死去。50才。ジャズコーラス「あきれたぼういず」リーダーで、
  浪曲「地球の上に朝がくる」の歌謡漫談で人気を博す。
「S・O・S(ソサエティ・オブ・スタイル)誕生」
  初の男性モデルグループ。岡田真澄、菅原文太もメンバーだった。
ヒット商品 「世界最小のラジオ完成」
  東京通信工業が六石型トランジスタラジオを発売。5万台を生産。
  長さ112×幅71×厚さ32ミリで1万3800円。
  翌年のさらに小型に改良されたものは50万台を上回るヒット商品に。
「コカコーラ」
  明治19年にアメリカで生まれ、世界の清涼飲料市場に進出したが、
  日本ではなじみが薄く、後楽園球場で試験販売するなどして浸透ををはかった。  
「オープナー付缶ジュース」
  明治製菓発売の「明治天然オレンジジュース」の缶の上部にオープナーが付いていた。
  缶切りがなくても、いつでもどこでも手軽にジュースが飲めて評判に。
「ホープ」
  わが国初のフィルター付たばこで、10本入り40円。
「ポンズコールドクリーム」
  アメリカで開発されたクレンジングとマッサージ両用のクリーム。
  洗顔しただけでは落ちにくい毛穴の中のファンデーションもきれいに落とすと好評。
  外に出る機会の増えた女性の基礎化粧品として30年以上のロングセラー商品に。
「ウテナ男性クリーム」
  わが国初の男性専用クリームでヒゲ剃り後に使われた男性化粧品の先駆け的商品。
  「男性用」と銘打ったため精力増強剤と誤解されるなど、当時は珍しいものだった。
「ダイハツミゼット」
  0.3トン積み軽三輪トラックで、人気番組「やりくりアパート」でCMされたことや、
  中小企業向きの積載量、軽自動車の免許で運転でき、小回りがききヒット商品に。
「ポリバケツ」
  積水化学工業が発売。当時は15リットルで1200円と高級品並の値段だった。
  はじめは衛生的な白色だったが、静電気の付着が目立つことからブルーが主流に。
「やぐら式こたつ」
  やぐらの上部に発熱体を取り付けたこたつを東芝が発売。
  こたつ板を使えばテーブルや食卓にもなり、移動も簡単で、
  足をはずせば収納も場所をとらなかったことからヒット商品に。
「安全ピン」
  嘉永2年(1849)にアメリカのウォルター・ハントが考案。この年初めて国産化された。  
流行語 「ペンギン族」
  日本の南極隊員が氷上に観測機器を据え付けている時ペンギンが周囲に集まり、
  それが群れて集まる野次馬のようだったことから隊員たちが使いだし国内でも流行。  
「ミュージカル」
  アメリカのミュージカル映画「王様と私」「オクラホマ」などが上映されて流行。
  4月には東京・新宿に専用の舞台機構を備えた「コマ劇場」も完成。  
「デラックス」
  「豪華さ」と「ぜいたく品」であることを印象づけるため商品名として使われ流行語に。
  高級車「トヨペット・クラウン・デラックス」以降、「デラックス」と付いた商品が次々登場。  
「モーテル」
  motorとhotelを合わせた言葉で、自動車で乗り入れて利用できるガレージ付ホテル。
  第二次大戦後アメリカで自動車旅行者用宿泊施設として普及したが、この年日本でも
  熱海や箱根などに出現。プライバシーが守れることから次第にアベック専用に。 
ヒット曲 あん時ゃどしゃ降り/春日八郎
踊子/三浦洸一
俺は待ってるぜ/石原裕次郎
柿の木坂の家/青木光一
錆びたナイフ/石原裕次郎
十代の恋よさようなら/神戸一郎
青春サイクリング/小坂一也
チャンチキおけさ/三波春夫
東京だヨおっ母さん/島倉千代子
東京のバスガール/初代コロムビアローズ
初恋の人さようなら/島倉千代子
バナナボート/浜村美智子
星はなんでも知っている/平尾昌晃
港町十三番地/美空ひばり
有楽町で逢いましょう/フランク永井
夕映えの時計台/白根一男
雪の渡り鳥/三波春夫
夢みる乙女
喜びも悲しみも幾歳月/若山彰

※ ピンク色のタイトルは放送された曲です


あの日あの時トップへ