第23回 昭和 3年(1928年)

出来事 「第12回衆議院選挙(第1回普通選挙)実施」
  25歳以上の男子に選挙権が与えられた初の選挙。有権者総数はそれまでの4倍に。
  (それまでは、納税額により選挙資格が制限されていた。)
  野党の選挙運動へは大きな干渉が行われ、立会演説会では、警察官によって、
  弁士の発言を止めさせる「弁士中止」の命令が連発された。 
「三・一五事件」
  日本共産党員に対する一斉検挙。全国各地の警察官を動員約1600人を検挙した。
  当時の田中義一内閣は、この事件をきっかけに「改正治安維持法」を公布。
  共産党と何らかの関わりがあると当局に判断された人がすべて処罰の対象になった。
「昭和天皇即位大礼」
  京都御所で挙行される。
「満州某重大事件(張作霖爆殺事件)」
  奉天市内の瀋陽駅の手前で中国の軍閥政治家・張作霖が列車爆破で殺害された事件。
  日本の助けで満州を支配した張が蒋介石の国民革命軍との戦いに敗れて満州に戻る途中、
  満州を支配下におこうと考えた関東軍参謀の計画で実行された爆発で殺されたもの。
  当時は、中国革命軍の仕業にするため、日本政府により真相が伏せられた。
「済南事件」
  中国済南市に進攻してきた国民革命軍と日本人居留民保護の警備にあたる日本軍が衝突。
  日本軍が中国軍を追い出すことに成功し、関東軍独走のきっかけとなった。
「野口英世死去」
  西アフリカのガーナで黄熱病に感染し死去。53歳。梅毒性疾患の研究の権威。
スポーツ

芸能
「アムステルダムオリンピック開催」
  三段跳び・織田幹雄と200m平泳ぎ・鶴田義行が優勝。初の金メダルに輝く。 
「ラジオ体操始まる」
  陸軍戸山学校軍楽隊三等楽長の指導でスタート。後に「国民精神運動」に結びつけられた。
「大相撲実況放送開始」
  仕切り時間に制限が設けられ、時間を超えて「待った」をした場合は「負け」になった。
「歌舞伎のソビエト興行」
  二世市川佐団次一行がモスクワで17日間、レニングラードで1週間公演。
  大正14年の「日ソ基本条約」の調印による文化交流の活性化がきっかけ。
  少ない動きの中に豊富な表情を見せる歌舞伎の演技に注目され絶賛」された。  
建築物 「首相官邸完成」
  帝国ホテルを設計したアメリカの建築家の様式を採用。建坪1500坪、総経費150万円。
「吉野川橋開通」
  3年の歳月と140万円の工費をかけて完成。全長1.1キロは当時東洋一の長さ。
「穴吹橋開通」
  大正10年徳島県議会で可決された11大橋架設案のひとつで地元の三代夫婦が渡り初め。
「坂本龍馬像」
  高知市の桂浜に明治維新の志士・坂本龍馬の銅像が青少年の寄付により建立された。
世相 「モボ・モガ」
  ダンスホールやカフェーなど新しい盛り場に登場した、流行の最先端をいく洋装の男女。
  モガは、後髪を刈り上げ前髪をおろしたおかっぱ頭でフェルト帽を目深にかぶり、
  膝丈のショートスカートに絹の靴下でハイヒールをはき、化粧は白粉に細い眉と濃い口紅。
  モボは、お釜帽をかぶり、ロイド眼鏡をかけ、裾広のラッパズボンに細いステッキを持つ。 
「マネキンガール」
  高島屋呉服店が開いた東京博覧会で日本初のマネキンが登場。人形でなく人だった。
  本来はフランス語「マヌカン」だが「招金」に通じることから英語読みの「マネキン」に。
  大卒サラリーマンの月給70〜80円時代に平均200円という職業婦人の最高給とりで、
  ファッションモデルの草分けとしてモダンガールを先導する役割を果たした。
「受験地獄」
  進学希望者が増える反面、学校数が増えず進学できない生徒が急増。
  産業・経済の発展により、俸給生活を目指して資格を得ようという進学希望者が増えたため。
ヒット商品 「蓄音機」
  動力にぜんまいを2個使用。いっぱい巻くとSPレコード二枚分聴けた。重さ約14キロ。60円。
「赤線入り棒状体温計」
  従来の目盛りが読み取りにくく水銀柱の振り下げが簡単でないという欠点を改良したもの。
「即席カレー」
  粉末状で純カレー粉に小麦粉を配合。45グラム入り10銭。当時子供たちのごちそうだった。
流行語 「テレビジョン」
  浜松高等工業学校の高柳健次郎がブラウン管受像方式の実験を公開し注目される。
「光の号外」
  電球を点灯して文字や像を作ってニュースや広告を伝えるもの。電光ニュースともいう。
「インテリ」
  ロシア語のインテリゲンチャの略。特に体制に批判的な知識人をさす。
  日本では、議論ばかりで実践の伴わない学生や知識人の呼び名に。
「陸の王者」
  慶応義塾大学のこと。東京六大学野球の早慶戦人気から広まる。応援歌「陸の王者」に由来。
「彼氏」
  徳川夢声が「彼女」に対して「彼」も2文字にしようとつくった言葉
「せまいながらも楽しいわが家」
  流行歌「私の青空」の一節で、アメリカ式合理的生活を求めた庶民の生活意識を象徴している。
「フラッパー」
  英語のフラップ(flap)「ヒラヒラ動く」からできた言葉で、明るく軽薄なお転婆娘の意味で使われる。  
ヒット曲 君恋し/二村定一
ザッツ・オーケー/河原喜久恵
出船/藤原義江
出船の唄/藤原義江
道頓堀行進曲/内海一郎
波浮の港/佐藤千夜子
鉾をおさめて/藤原義江
私の青空/二村定一


※ ピンク色のタイトルは放送された曲です


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