第22回 昭和43年(1968年)

出来事 「大学紛争」
  日本大学の使途不明金20億円など大学当局の不祥事に学生が立ち上がる。
  東京大学では自重を呼びかけた母親たちに学生が発した
  「とめてくれるなおっかさん」という言葉が流行語にもなった。
「小笠原諸島日本復帰」
  第二次大戦後23年ぶりに返還。それまで島民7711人が本土に引き上げていた。
「第8回参議院議員選挙でタレント議員が大量当選」
  作家の石原慎太郎(自民)が301万2552票の参院戦史上最高得票を記録。
「三億円事件」
  日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車が白バイ姿の男に乗り逃げされた事件。
  1万人をリストアップし10億円の費用と17万人の捜査員を動員したが昭和50年に時効に。
「寸又峡事件」
  在日朝鮮人の金嬉老が、暴力団員2人を射殺した後人質をとって旅館に立てこもった事件。
  朝鮮人差別の告発に新聞やテレビを使い、人質にもわびるなど異例の展開を見せた。
  事件発生から4日後に逮捕され、最高裁で無期懲役が確定。99年に仮出所で韓国に渡る。
「日本初の心臓移植手術」
  札幌医科大病院に入院中の男性に、海でおぼれ「脳死」と診断された大学生の心臓を移植。
  移植された男性は83日後に死亡。「人体実験」との告発を受けるも裁判で不起訴に。
「日本初の超高層ビル」
  地上36階・高さ156メートルの霞ヶ関ビルが竣工。都市高層化の幕が開く。
「郵便番号制スタート」
  郵便物区分け作業の合理化のために採用。
「1000万円宝くじ」
  年末の宝くじの一等賞金が、初めて1000万円に。2日間で9割が売れるほどの人気。
スポーツ 「メキシコオリンピック開催」
  ラテンアメリカ初のオリンピック大会。海抜2240mの「高地対策」が各国の課題だった。
  マラソンの君原健二が「銀」、体操男子も総合と個人で「金」、サッカーが「銅」に輝く。
「円谷幸吉自殺」
  東京オリンピックで銅メダルに輝くも成績不振に悩み、自衛隊体育学校宿舎で自殺。
「阪神の江夏、三振奪取日本記録達成」
  対中日戦でシーズン三振奪取383を達成。最終的に401まで記録を伸ばした。
「高見山新入幕」
  ハワイ・マウイ島出身の初の外国人幕内力士が誕生。
映画 「緋牡丹博徒」
  主演の藤純子が女性任侠スターとしての地位を確立した。
「卒業」
  ダスティン・ホフマン、シャサリン・ロス主演。教会で花嫁を奪うラストシーンが有名。
  テーマ曲「サウンド・オブ・サイレンス」もヒット。
「ロミオとジュリエット」
  オリビア・ハッセー、レナード・ホワイティング主演。
  シェークスピアの四大悲劇の一つを現代的な解釈と映像で描く。
「俺たちに明日はない」
  ウォーレン・ビーティー、フェイ・ダナウェイ主演。
  銀行を襲った二人が警官たちの銃弾87発を浴びて絶命するシーンが話題に。
「猿の惑星」
  チャールトン・ヘストン主演。「猿が人間を支配する」という斬新な発想と、
  猿の迫真のメーキャップで大ヒット。その後シリーズ化された。
「2001年宇宙の旅」
  スタンリー・キューブリック監督。
  科学性に富んだ脚本とクラシック音楽の効果的使用で「神と死の謎」を表現し話題に。
テレビ

雑誌

芸能界
「ピンポンパン」
  視聴者参加方式と渡辺直子のフレッシュな司会ぶりで好評だった。
「コント55号が人気」
  萩本欽一と坂上二郎の二人が、王貞治選手のシーズン最多本塁打55号から命名。
  激しいアクションを交え、従来の漫才の枠を超えた「コント」を確立した。
「巨人の星」
  梶原一騎原作、川崎のぼる画。平均視聴率27.8%の大ヒットアニメ。
  父親不在の時代といわれる中、父と子の野球根性物語として人気を得た。
「あしたのジョー」
  梶原一騎原作、ちばてつや画。「週刊少年マガジン」で連載。
  貧困の中に育った少年が社会への反発をボクシングに燃焼する姿を描く。
「少年ジャンプ創刊」
  永井豪作「ハレンチ学園」が人気を集め、「スカートめくり」が流行。
「週刊セブンティーン創刊」
  ピンナップにGSのタイガースを起用するなど女子中高生を対象にした総合雑誌。
ヒット商品 「ボンカレー」
  袋ごと熱湯に入れるだけで食べられるという従来にない便利さで好評。
  「日本初のレトルト食品」として10年で8000万食を売り上げる。一袋80円。
「ヤクルト」
  昭和10年から33年間ガラスびん入り乳酸菌飲料として親しまれ、
  容器の回収経費や軽量化の面からプラスティック製で発売を開始。一びん17円。
「テレファックス送信機」
  原稿を平面のまま電送できる「ファクシミリ」の先駆け。1台79万円。
「プラスティック製まな板」
  ポリエチレン樹脂を採用した国産第1号製品で細菌の付着や増殖を防いだ。
「フエルアルバム」
  ビスを付け足すと台紙が増やせ、透明シートで写真を貼り付ける方式を初めて採用。
「人生ゲーム」
  1860年(安政7年)に考案され、アメリカンドリームを扱った人気ゲームの日本版。
  山や建物が立体的で、サイコロでなくルーレットを回し、紙幣も「ドル」を使うなど、
  当時日本人が憧れた「アメリカ人の生活」を体験できるゲームとして大人気商品に。
  昭和58年までに348万個も出荷されたボードゲームの王様。
「バッティングゲーム」
  かつてのバッティングマシンのように本体のアームから一定の間隔でピンポン玉を発射し、
  プラスティック製のバットで打って遊ぶというもの。変化球も可能で大人にも人気があった。
流行語 「いざなぎ景気」
  昭和40年11月〜45年7月までの大型景気。日本神話の国生みの男神にちなむ。
  乗用車やカラーテレビなどのブームが景気を盛り上げた。
「新3C」
  セントラルヒーティング、クッカー(電子レンジ)、コテージ(別荘)などの頭文字をとり、
  カー、クーラー、カラーテレビの「3C」に代わる社会的地位の象徴とされた。
「五月病」
  五月の連休明け頃から大学の新入生や企業の新入社員が無気力状態になること。
  この年から、この名前で一般的に広がった。
「指圧の心、母ごころ。押せば命の泉わく。」
  日本指圧学校校長・浪越徳治郎がテレビ番組で広め流行語になった。
「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。」
  自然の中で鍛えた父親が子供に厚切りのハムを手渡す姿をCMで描き流行。
ヒット曲 愛するってこわい/じゅん&ネネ
愛する人に歌わせないで/森山良子
愛の奇跡/ヒデとロザンナ
愛の園/布施明
亜麻色の髪の乙女/ヴィレッジ・シンガーズ
いい湯だな/ザ・ドリフターズ
伊勢佐木町ブルース/青江三奈
今は幸せかい/佐川満男
エメラルドの伝説/ザ・テンプターズ
小樽のひとよ/鶴岡雅義と東京ロマンチカ
霧にむせぶ夜/黒木憲
グッドナイトベイビー/ザ・キングトーンズ
恋の季節/ピンキーとキラーズ
恋のしずく/伊東ゆかり
三百六十五歩のマーチ/水前寺清子
受験生ブルース/高石ともや
好きになった人/都はるみ
すみれ色の涙/ジャッキー吉川とブルーコメッツ
天使の誘惑/黛ジュン
年上の女/森進一
花の首飾り/ザ・タイガース
ブルーライトヨコハマ/いしだあゆみ
星影のワルツ/千昌夫
夕月/黛ジュン
行け行け飛雄馬/アンサンブル・ボッカ
和歌山ブルース/古都清乃

※ ピンク色のタイトルは放送された曲です

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