t-ohno.gif (1954 バイト) の縁側日記

*7がつ25にち

きょうは、あきらくんと、ともこちゃんと、ぷっちーが、はなびたいかいへいきました。ぼくはおるすばんでした。さみしかったけど、みんながやきそばをかってきてくれたので、とてもうれしかったです。・・・でも、よくかんがえたら、それは、ぼくのおかねでした。→PHOTO

ともこちゃんは、げたをはきなれていないので、あしをけがしていました。・・・こんなふうにかくとなんだか「はじめてのでえと」っぽくてかわいいけれど、じつぶつは、“こそぼ”のせんじょうでけがをした、へいたいさんのあしのようでした。・・・きもかったです。→PHOTO

あきらくんのゆかたは、りょかんでよっぱらっているおとうさんのようでした。・・・なんか、うざかったです。→PHOTO

しかも3にんは、ビールをのんだそうです。いーけないんだ、いけないんだ、きょくちょうにいってやろ! あしたぜったいいってやろ!!

 

*7月12日

帰ってきました。ただいまである。といっても、これからだってそんなに毎日書くつもりはない。気が向いた時に更新していくのでヨロシクなのだ。ま、更新したら必ず掲示板にそのことを書いておくから、それを見てチェックして欲しい。今日は大きなニュースが入ったりして結構タイヘンだったが、番組前半のことをみなさんまだ覚えているかな? そう!“山本”である。これは放送でも言ったとおり、会社で隣の席のMときディレクターからもらったものだ。正直、ホントはプレゼントしたくなかったのだが、リスナーのため、しょうがない。そのかわり当たった人、必ず彼女とツーショットの“山本”写真を送って下さい。

では、“山本”写真、大公開!4枚あります。    

 

*9月24日

重大発表がある。

と言っても、それほど大した話でもないかも知れない。だが、このページを読んでくれているほどのクジラジオ・ヘヴィ・リスナーのみなさんにとっては、少なからず衝撃的な内容であろう。・・・でもじらすわけではないが、今ここで発表というわけにはいかないのである。この件については金曜日の放送・エンディングまで待ってもらいたい。

以上、「重大発表があるぞ!」っていう重大発表でした。

 

*9月21日

先日“日替わりテーマ”のコーナーで、『こんな仕草にやられます』というのをやった。で、私自身、女性のどんな仕草に惹かれるかというのを考えてみたのだが、これが意外と難しい。というか、はっきり言って思い当たらないのだ。このトシ(っつってもまだ28だが)になるとあまりブリッ子してるのも何だかあざといなぁという気がするし、かといってオヤジ臭い仕草に心ときめくはずもない。髪を掻き上げるとか足を組むなんてのもいかにもステレオタイプで型にはまりすぎてるし、女性が車を運転するところ、なんてのも少し奇をてらいすぎている。こう考えると、「これだ!」と思える答えにはなかなかたどり着かないものなのである。

仕草というのとはちょっと違うかも知れないが、女性と隣り合って並んで立ったときにドキッとすることがある。それまでカウンターなどで座って飲んでいたときには分からなかったのだが、横並びになってみると意外と小さい、ということに気付くからだ。私は男としてはそれほど背の高い方ではないが、それでも大抵の女性はヒールを履いて私の目線くらいの上背しかない。そんな時、口ではいくら偉そうなことを言っていてもいざとなったらオレがこいつを守ってやらなければ・・・などとバカなことを考える。もちろん女性の方としては「あんたなんかに守ってもらいたかないわよ!」と思っているだろうが、そんなことはこの際気にしない。男というのは単純な生き物なのである。

こないだプッチーから「大野さんってモテるんですか?」と訊かれたが、女性からこう訊かれること自体、モテないことの証明だと思う。特に自分が好きになった相手には「これでもか!」というくらいモテない。リスナーの若い男女(別に若くなくてもいいんだけど)の中には恋愛で悩んでいる方もいらっしゃると思うが、人生においては、自分など誰からも愛されなくて当たり前だということを肝に銘じるべきである。愛されたいと願うのではなく、本当に心の底から人を“愛する”ことが出来れば、それで充分ではないか。ストーカーから戦争まで、世の中に存在する全ての悪はこの“愛されたい”という一見自然の欲求に見えるエゴイズムによって生み出されているような気がする。

近くアメリカの報復攻撃が始まるそうである。罪を犯した者に対して報復として罰を与えるのは構わない。だが、そのために罪もない市民を巻き添えにしては、テロと何ら変わりないではないか。第一、犯人を特定したと言うが、そこには国際社会を納得させられるだけの証拠があるのか。

憎しみは憎しみしか生まない。陳腐かも知れないが私はあえてアメリカに問うてみたい。“そこに愛はあるのか?”と。

 

*9月20日

番組というのは、いつか必ず終わるものである。形あるものすべてがそうであるように、始まりがあればいつか終わりが来る。それは人の生と同じく避けることは出来ない。そして最終回がどのようであったかによって、その番組の残す人々への印象はずいぶん違ったものになるような気がする。

最終回といえば必ず語られる名シーンがある。少年マガジンに連載された名作『あしたのジョー』のラストシーンだ。「燃えたよ・・・。まっ白な灰に・・・燃え尽きた・・・。」そう呟いて微笑むジョーの姿は、現実生活では決して“燃え尽きる”ことなどありはしない我々の思いを代弁しているようである。原作を手がけた梶原一騎も作画のちばてつやも、『あしたのジョー』に関してはまさに「燃え尽きた」という印象だったのではないだろうか。そのような作り手側の想いがジョーの台詞に臨場感を持たせ、読む者のシンパシーを喚起するのだろう。ボクシングであれ、漫画であれ、燃え尽きることの出来る何かを持ち得たジョーたちの生き様は、同じ男として羨望に値する。

ラジオ番組の最終回で印象に残っているのは、毎日放送でやっていた島田紳助のヤングタウンである。細かいことは憶えていないが、最後の数秒のことだけは鮮明に憶えている。紳助は「さぁ、ほな、飲みに行こか」と言って、ガタガタと椅子を引く音がフェイドアウトして終わりだったのだ。何ともあっさりしたシャレたエンディングである。千語万語を以てしても語り尽くせないその番組への想いを、あえて「何も語らない」ことによって表現しきった見事な幕の引き方であった。もうかれこれ十五年も前のことだと思うが、いまだに私の中では、ラジオというメディアの原風景のひとつとなっている。

この仕事を始めてから、自分でもいくつか最終回の現場に立ち会ってきたが、個人的に最も思い出深いのは、山アと昔やってた『コーク・ティーンズ・クラブ』という番組の最終回である。この番組はそれ以前に、最終回最終回と大騒ぎして番組を終わらせた翌週、サブタイトルをちょこっとだけ変えて何事もなかったように番組を続けるという、いま考えれば始末書もののムチャをやらかしていたので、ホントの最終回の時もあまりそれらしい雰囲気はなかった。ただいつもと違っていたのはエンディングテーマがザ・バンドの『OUT OF BLUE』という曲だったことくらいである。だが何を隠そう、この、ザ・バンドがその活動に終止符を打つラストツアー記録映画『ラストワルツ』の主題歌は、山アが「最後はこれをかけよう」と提案したものだったのだ。すすり泣くようなギター、消え入りそうなヴォーカル、いささかセンチメンタルに過ぎるこの選曲に、普段はふざけてばかりの、というか悪ふざけしすぎの、というかふざけているところしか見たことのない彼の意外な素顔を見せられたような気がして、ちょっと驚いたのを憶えている。

番組というのは、いつか必ず終わるものである。もちろん、クジラジオもその例外ではあり得ない。十年先なのかあるいはほんの数週間先なのか。だが、願わくば最終回の時には、私は担当ディレクターを外れていたいものだと思う。なぜならこの番組は、私にとって“子供”のようなものだからだ。子が先立つほど親にとって不幸なことはない。

 

*9月19日

読書の秋、である。まぁ、私に関して言えば、季節などお構いなしに一年中なにがしかは読んでいる。寝る前や移動中はもちろん、食事中、トイレの中、風呂の中、番組中・・・(ウソ)。いわゆる“活字中毒”というやつである。こんな風に書くと、知的とかインテリとか博学とか勉強熱心とか素敵とかイカすぅとかもういっそ大野さん抱いてぇとか思われるかも知れないが(思わないか)、実際はそんなもんではなく、ただ手元にいつも現実から逃避できる世界がないと落ち着かないというヘタレ根性なのである。で、出来ればいつもいつもこれまで一度も読んだことのない真新しい本のページを繰りながらモノ思いにふける午後三時・・・、なんて風にいきたいのだが、そんなことをしていては金がもたないので、どうしても過去に読んで面白かったものを再読することになる。でもさ、難しいんだ、これが。

まず本棚を見渡して、あまり最近読んだものは筋を憶えてしまっているので避ける。次に買って読んではみたものの面白くなかったものを除外する。で、ここらで重要になってくるのがその本の持つ“軽さ(あるいは重さ)”である。別に物理的に何グラム、という意味ではなく、ホラ、何となくあるじゃないですか、今あんまし重いの読みたくないな、とか、今日は暇だからエッセイみたいな軽いので時間つぶしちゃうのもどうかな、とかさ。そんな風にして小説だのノンフィクションだの恋愛モノだの歴史物だのといったジャンルを決めていく。で、最終的に絞った数冊の中からその時の気分に一番合ったものを手に取るわけだけど、これがまた厄介なことに、これまでに五回も六回も読んだことのある本だったりする(多分、こうした過程で自分が選んでいくという作業に何らかの規則性があり、結果的にいつも同じ答えを出してしまうのだろう)。五回も読めばそれがいくら前に読んだものであっても、ストーリーなどほぼ丸暗記である。クライマックスのシーンなんか一字一句憶えちゃってたりする。で、また一から選び直しである。私の秋の休日は、こんな風にふけていく。

で、ここで提案なのだが(誰に対して提案しているのかわからんけど)、コンビニに置く本をもっと充実させるか、夜中まで開いている本屋を作って欲しい。世の中には活字中毒の人は結構いると思うので、サービス料かなんか言って多少高く本を売っても売れると思う。少なくとも私は買うな。あんま金無いけど。

同じジャンキーになるなら、葉っぱや白い粉よりも活字の方が大分マシだと思うがなぁ、カルーセルに壱成よ。

 

*9月18日

新コーナーである。

秋の改編期に向けて、そろそろリニューアルの準備に取りかからなければならない時期なのだ。今回のコンセプトはズバリ“ハガキ倍増計画”。長く続いて、さすがのハガキ職人たちも「ネタが尽きた!」と悲鳴を上げ始めているコーナーを思い切ってバッサリと終わらせ、新コーナーをスタートさせようというものである。・・・と一口に言っても、いざ手をつけるとなるとこれがなかなかうまく行かない。やっぱり長く続いたコーナーには安定感があるし、私なりに愛着もある。「あぁ、あの頃はこのコーナーが番組をリードしてくれていたなぁ・・・」なんて感慨にふけったりして、作業は遅々として進まず、見直し枠の検討だけで数時間を要した。しかもこれを“会議”なんてものではなく、夜中に一人でやってるのだから、空しいことこの上ない。端から見れば100パーセント“アブナいやつ”である。で、この見直し枠だが、常連にはおなじみと思うが、改めてここに列挙してみよう。

*火曜日…ひとりごと、ささやかな幸せ、ラジオネームグランプリ

*水曜日…クイズ!豪徳寺、ミラクル、ジングル大作戦

*木曜日…人間の法則、川柳道場、よいこわるいこふつうのこ

*金曜日…週刊!奥田情報、失恋伝言板、なぞかけ

の各曜日3コーナーづつ、計12コーナーである(音楽の時間と大野Dのコーナーは、純粋な“ネタ”コーナーではないので、今回一応見直しの対象外とした)。で、縁側日記をお読みのみなさんだけにここで発表してしまおう。この12のうち、何と今回のリニューアルで6つが終了する。つまり、ちょうど半分のネタコーナーが新旧交代するというわけだ。いやぁ、これははっきり言ってスゴイ。聖域なき大改革である。しかも、しかも、だ。6つの新コーナーのうち、何と5つまでが、今夜、私の中だけで決定、再来週からコーナー化することが内定した(パチパチパチパチ)。こういう時、スタッフが少ないと本当に話が早い。何せ、私が決断すればそれで決まりなのである。ここだけの話、今夜決定したもの5つのうち、2つはリスナーのアイデアから、2つはJンプから、1つはよその番組から頂いた。容赦ないパクリまくりである。で、残る1つなのであるが、これが問題だ。もうパクるネタもない。自分で考えなければ。作業の進行を考えると、アイデアのリミットは今週いっぱいくらいである。あと3日、何か考えつくだろうか・・・。ま、とにかく金曜日までは寝るときも、メシ喰ってるときも、コーナー案を考える日々が続くだろう。何か、消化に悪そう・・・。

新コーナーの内容は、来週随時発表していくつもりなので、ハガキ職人のみなさん、またよろしくお願いします!!!!!

 

*9月16日

選挙特番が終わった。今回は新人が予想以上に善戦し、オンエア中に当確が出るかどうかヒヤヒヤしたが、なんとか間に合った。いろいろ細かい改善点はあるものの「ま、とりあえず終わったということで・・・」などと言いつつ解散したところである。が! 私に安息の日々は未だ訪れず、私が特番をやっているまさにその頃、我らが大漁地引網は練習の真っ最中だったはずなのである。私の「絶対通ってみせる!」という叫びにもかかわらず、“結果が出た週のフリートークで断髪式”、“断髪式の実況は北尾アナ”などとケシカラヌ事が着々と決まっており、一体これはどうなっているのか。こないだも豪ちゃんから「・・・大野くん・・・、本気で通ると思ってんの?」と訊かれた。本気だよ、バーロー、何たってウチのバンドはな、山アなんか2回も優勝してるんだぞ! プッチーだってムチャクチャ上手いんだぞ! ドッキーも工藤も1曲だけならノーミスで行けるんだかんな! オレだって15年もやってるんだ! 奥田は・・・。

・・・。・・・はぁ・・・。でも万が一、万が一落ちたとしても、私はその結果を奥田一人に帰するつもりはない。バンドは六人で一つ、だってボクらは仲間ぢゃないか!!・・・ギャグっぽく言ってるけど、半分マジである。負けて坊主になったって構わない。仲間が力を合わせて一つの目標に向かって努力することにこそ、意義があるはずである。そして、中途半端ではなく、本当に一生懸命になって何かと取り組めば、たとえどんな結果が出ても、そこから新しく何か見えてくるものがあるのではないだろうか。

・・・。・・・はぁ・・・。坊主は嫌だ・・・。

 

*9月13日

クジラジオも今日から普段通りの放送ということで、日記も復活である。といってもここ三日ほど例の事件のせいで忙しいのと、家に帰ってもテレビばかり見ているので、特に書くことがない。じゃ、やめよっか。うん、やめちゃおう。今夜の日記、ここまで!

・・・なんて訳にもいかないので(別にそれでもいいんだけど)、もうちょっとだけ書くことにする。先日、火・水の3人との出会いについて書いたので、今夜は木・金の二人との出会いを思い出してみよう。

山下アキラとの出会いは、正確に言えば今からざっと14〜15年も前までさかのぼる。当時私は中学生で、その頃バンドをやっていた者としてはご多分に漏れずギンギンのヘヴィ・メタル少年であった。あの時代はライヴをやるとなると、@ ヘヴィ・メタ、A ボウイのコピー、B レベッカのコピーのいずれかと相場が決まっており、ギタリストは“速く弾けるヤツほどエライ”というのどかな神話が信じられていた時代であった(もちろん中学生の間だけだろうが)。そんな中でウチのバンドのベースはちょっと変わっていた。他のメンバーは私も含め全員が世の中に何だかワケノワカラナイ不満を抱いており、「ガキだと思ってナメンナヨナ! そんなに強くなさそうなヤツならいつでも一発ブチかましてやるんだかんな!」という空気を一杯に漂わせていた。極端なことはしないにしても「優等生か不良か」で分ければ、これはもう圧倒的に「不良」であった。ところが、そいつはそうではない。オーケストラ部などというものに所属し、制服の襟をキッチリ一番上まで止め、その若さでビートルズを愛していた。早い話が、基本的にアホだった我々が、ベースを持っていたというただそれだけの理由で、音楽性もクソもなしに無理矢理そいつを脅してバンドに引き込んだのである。そしてそんな我々がいつも練習をしていた場所が、当時まだ貸しスタジオをやっていた“ギターハウス・RaB”だったのである。

だがベースを除くメンバーは、基本的に世の中全てをテキと思っておるから、お店の人間と仲良く話したりはしない。練習の前や後にお店のヒトと楽しげに話しているベースによると、「RaBの山下さんというヒトはギターの天才であり、なおかつ気さくで、何よりビートルズを愛するスバラシイヒトだ!」ということであった。私自身はその時は山アと話をしたことはなく、時々彼と挨拶を交わす山アを眺める程度だったのだが、「ビートルズが好きなんて、軟弱なヤロウだぜ。ケッ!」という気持ちと、「ギターの天才」という言葉への畏怖の念が入り交じった複雑な心境だった。それからおよそ十年後、四国放送のスタジオで再会した山下アキラは、別に天才でも何でもなく、ビートルズもさほど好きではないようだった。あの頃のベースの言葉は何だったんだろうと思いつつ、人を惹きつけて止まない何かが確かにこの人の中には存在していると感じる今日この頃である。それが具体的に“何”なのかは、私にもさっぱり分からないのだが。

一方、奥田との出会いは、今でも目を閉じれば瞼の裏に浮かび上がるほど、鮮烈で、劇的で、そして運命的だった。・・・というのは真っ赤なウソである。実は私は、彼女との出会いについてはさっぱり記憶がない。いつから四国放送にいたのか、最初に話したのはどんなシチュエーションだったのか、大体なんで出逢ってしまったのか、まるっきり憶えがないのである。まぁ、私の方が先に四国放送にいたのは確かで、奥田の現在の仕事の前任者が辞めて代わりに入ってきた、ということなのだろうが、印象としてはまさに「気付いたらその辺に転がっていた」という感じなのである。クジラジオを始めるときにも「変わったヤツばっかし集めちゃったから、まぁ、一人くらいフツーのコがいてもいいだろう・・・」などという軽い感じでパーソナリティを依頼したところ、フタを開ければこの「フツーのコ」が一番ヘンであった。ディレクターとしては完全に誤算である。おまけにこいつ、私の言うことなど屁とも思っちゃいない。そりゃヘボ・ディレクターかも知れないけど、ここまで「ナメられている」ということが実感できる相手は初めてである。まったく、中学生の私なら即座にボコボコにしているところだ。いや、でも負けるかも。強そうだもんね、あの人。

まぁ、しかし、見方を変えれば奥田はそれだけ“大物”だということなのだろう。珍しく真面目に言うと、彼女は存在そのものに価値があるタイプで、いくらものを知らなくとも、とんちんかんなことを言おうとも、そこに居さえすれば番組が成立するという極めて特殊なケースの才能を持っていると思う。こんなものは持って生まれたキャラクターであって訓練によって獲得できるものではなく、そういう意味では数万人に一人の“ダイヤの原石”なのかも知れない。そりゃ、なめられてもしょうがありませんよ、私なんざ。

というわけで今の私の目標は、この大物・奥田に「大野はスゴイ!」と言わせることである。あー、やっぱ、器小さいスかね、オレ。でも、とりあえず言うこと聞いてもらえないと仕事になんないんだよね・・・。

 

*9月10日

風邪がひどい。まんまとぶり返してしまった。働き過ぎか、練習で歌ったのが悪かったのか、それとも就寝前のオ○○ーのせいか、とにかく体調最悪である。今夜のテーマは食べ物、でいく。何故かというと、今、腹が減っているからである。風邪をひいてても腹は減るのだ。

と、ここまで書いて気付いたが、昨日も食べ物の話を書いているではないか。・・・。・・・。もうひとつ、・・・。さ、昨日の内容はもう忘れましたね。今夜のテーマは食べ物である。よく死ぬ前の“最後の晩餐”に何を食べたいかという話があるが、私の場合、これは迷うことなく“阿波一の中華そば・肉入り大(650円也)”である。うまい。とにかくあれはもう芸術品と言っていいくらいうまい。こんなところに思いっきり店の名前を出していいのかどうかわからないけど、出さざるを得ないくらいうまい。私は三度の飯より阿波一が好きである。いや、この言い方は正確ではない。阿波一の中華そばは、ご飯と一緒に食べてもこれまた絶品だからだ。芳醇にしてのどごしの良いスープをすすり、もやしをほどよくトッピングした麺を口の中へ放り込む。古き良き中華そば。とろけるようなチャーシューをかじると、あの日見た夕陽が口の中でよみがえる・・・。なんて言うと大げさだが、とにかく私は週に一度は食べる。お店で会っても声はかけないで下さい。その時私は、中華そばと愛を語り合っている最中なので。

ではここでもう一品。。死ぬ前に食べる最後の晩餐のもうひとつ前の食事、“最後の午餐”には何を食べたいか。これは私は、ウチの会社のすぐ近く、ハップンの“アマトリチャーナ風スパゲティ”である。24時間営業でおまけに職場から歩いていける距離とあって、私は本当によくハップンに行く。ハップンがなかったら、多分私は生きていけないだろう。このお店の数あるメニューの中でも私はとくにこのスパゲティがお気に入りである。ニンニクを利かせてピリ辛に仕上げたトマトソースとベーコンの味が素晴らしい。夜中、極度に空腹の時に食べるからかも知れないが、雑誌などで「おいしい」と紹介されている店より、卒業旅行で行った本場・イタリアのスパゲティより、私はここの方がうまいような気がする。いわゆるクセになる味で、時々無性に食べたくなる。そんな日は「仕事が終わったらハップンへ行こう」と自分に言い聞かせて、それを楽しみに働くのである。だから、クジラジオの何パーセントかは、ハップンのスパゲティで出来ています。

それでは最後の一品。カンのいい方ならもうお分かりかと思うが、“最後の朝食”の登場である。値段から行こう。140円。いや、140円だった、と言うべきか。これは私の出身校である徳島市立高校の学食の素うどん(通称・市高うどん)の値段(平成元年当時)である。今はいくらするのか、いや、今でもあるのかどうかすら知らないが、2時間目と3時間目の間に食べるこのうどんは、起きてすぐ学校にすっ飛んでいく私の定番・朝食メニューだった。汁と麺とカツオブシとネギだけのシンプルなうどん。しかしこれが異様にうまい。汁がこの時間帯だと火傷しそうなくらい熱いのだが、その熱さが、トッピングされたカツオブシからさらなるダシを引き出しているのである。だから、当時私は、「天ぷらうどんを食うヤツはダセェ」と思っていた。今考えると、本当にどうでもいい争いである。でもホントに、今でもあるんでしょうか? 市高生の方、掲示板でもメールでもいいから教えてくれませんか?

しかしこう書いてくると、私の最後の一日は麺類ばかり食べていることになる。まさしく「人類は麺類」(古・・・)である。おまけに死を目前にして1日トータル2000円も使っていない。我ながら“安っすいヤツ”だ。とにかく、いつ医者から「あなたの命はあと1日です」と言われてもいいように、これからは宵越しの金を2000円だけポケットに残しておくことにしよう(私は財布も持っていないのだ)。だが今は、中華そばよりスパゲティよりうどんより、お粥である。だれか、私のためにお粥作って下さい。

 

*9月9日

だるい。誰かに風邪を伝染されたようである。昨日熱を計ったら37度1分だった。私は平熱が35度くらいなので、これでも結構シンドイ。そこで熱を吹き飛ばすために、昨夜の晩御飯はステーキにした。・・・といっても、ステーキ屋に食べに行くほどの元気も金もなく、自宅で自炊である。おまけに誰も焼いてくれないので仕方なく自分で焼く。先にしいたけとサンド豆をバターと醤油で炒め、次に塩こしょうしておいた肉をミディアムレアで焼いた。妙に手際がいい。少し悲しくなる。最後には肉の脂身とニンニクのみじん切りを混ぜて、塩・こしょう・醤油で味付けしたガーリックライスだ。サラダまである。・・・うまい。けどやっぱりかなり悲しい。少し酒を呑んで寝る。氷枕などないから、コンビニの袋に氷を入れ、タオルで巻いて首にあてがう。朝、水がしみ出て背中がビショビショになっていた。・・・これは相当悲しかった。

そんなビショビショで目覚めたにもかかわらず、今朝の体温は35度5分。ほぼ回復である。根が頑丈なのだ。今日は午後から会社で選挙特番の準備。普段新聞なんて全く読まないので、一から勉強しなければならない。夕方まで資料を読んですぐ台本に取りかかる。付け焼き刃もいいところだが、こんなもの1週間憶えていればそれで良いのだ。ジャーナリスト失格だが、私は胸を張って自分はお笑い系だと言い切ることにしているので全然気にしない。8時、大漁地引網の練習に行く。今日は奥田が風邪でダウン、ヴォーカル抜きでの練習となった。・・・決まりすぎてつまらない、ということに気付く。というか、やはり歌がないと音楽は面白くないのである。そうか、ああ見えて奥田はやっぱり偉大だったんだなぁ、ツッコミどころには事欠かないし、なくてはならない存在だなぁ・・・、などということは全く考えず、あっさり私が弾きながら歌うことにする。・・・うまい。しかもちっとも悲しくない。いやー、歌うのって楽しいすね。いいストレス解消になりました。

12時、会社に帰って台本の続き。今さっき出来ました。1時、縁側日記更新。2時、オ○○ー後、就寝(予定)。いぢょ。

 

*9月6日

窓の外は秋の雨が降っている。こんな夜になると私は、ひとつの風景を思い出す。そう、あれはもう何年前のことになるだろうか。

その日、私はある人と酒を呑んでいた。彼女は私よりも一つ年上で、季節は十一月の半ばだった。秋というには少し涼しすぎる風が、客が出入りするたびに酒場のドアから吹き込んでいた。その時私と彼女が呑みながら何を話したのか、今となってはまったく思い出せない。多分、共通の知人の話や彼女の仕事の話、自分の仕事の話も少しはしたかも知れない。彼女にはキチンとした恋人がいて、私は私で好きな人に振られたばかりだった。要するに我々は、お互いを異性として意識することのない、暇つぶしの呑み友達だった。

いつものように閉店まで呑んで外に出ると、ちょうど今日みたいな雨が降っていた。コンビニエンスストアで傘を買い、彼女をタクシーに乗せようとしたが、その日の彼女は珍しく酔っていた。しばらく酔いを醒ましてから帰るという。私はまだ会社に帰ってやらなければならない仕事が残っていたが、深夜の街に女性を一人放っておく訳にもいかない。缶コーヒーを買って公園まで付き合うことにした。

次第に強くなる雨の中で、公園のブランコに並んで座り、世間話をした。他愛のない話というのは、他愛がない分だけいくらでもできるものである。何時間そうやって話していたか、気がつくと空は白み始め、土曜日の朝が始まろうとしていた。「そろそろ行こう。」−そう言って私は立ち上がり、彼女は動き始めたばかりの始発へと向かった。

この話はただそれだけである。ドラマチックな展開も、印象深いシーンもない。ただ、あの秋の雨の感触と我々の間に流れていた親密な空気(もしかしたらそれは、恋人とのそれよりも暖かだったかも知れない)だけを、私は今もありありと憶えている。それはあの夜だけの特別な暖かさだった。それ以降彼女と会っても、あのような親密な空気が生まれることはなかったし、それが別の何かに発展していく気配もなかった。

彼女とは今でも時々酒を呑む。相変わらず彼女にはキチンとした恋人がいて、相変わらず私は振られてばかりいる。我々の関係は、やっぱり“暇つぶしの呑み友達”のままである。

 

*9月5日

とある場所に私がよく行くショット・バーがある。

この番組を始めてからあまり行く時間もなくなってしまったが、その頃私は朝のワイド番組を担当しており、その店で朝まで飲んでそのままオンエアに向かう、などということもしばしばだった。あれは今から2,3年前のことだろうか。いつものように私がカウンターに向かって飲んでいると、店に周囲が息を呑むほどの美しさを備えた妙齢の女性が入ってきた。「・・・ちれいなシト。」−私に限らず、店中の男性が目を奪われていた。学生時代、私は4年間を東京のど真ん中で過ごしたが、青山あたりでも滅多にお目にかかれないタイプだ。美しいだけでなく、どこかに気品のようなものを漂わせている。「・・・すごい美人ですね。」ーカウンターの中でカクテルを作っているマスターに、私は声をかけた。「あれ? 大野さん、ご存じないんですか?」「・・・?」「あの方、NHKのニュースに出てる居村さんですよ」。

当時も今も、私はNHKが大嫌いで、よほどの必要に迫られない限り見ることはない。だからNHKのニュースに出ていると言われてもちっともピンとこなかった。「へー、そうなんですか・・・」。その場はそれで終わったが、今こうしてその居村さんと番組をやっていてつくづく思う。人間、見た目で判断してはいけないのだな、と。

その朝私は、とあるアナウンサーと一緒にタクシーで市内某所に向かっていた。「大野、P−Aboutってバンド知ってるか?」−知っているどころではない。P−Aboutと言えば、NHKのBSヤングバトルで徳島代表になり、当時の徳島アマチュアバンド界では知らぬ者とてないビッグネームだった。「もちろん。それが何か?」そのアナウンサーは手にした書類の中から一枚を引き抜くと、黙って私に手渡した。「・・・P−About・・・豪徳寺・・・康成・・・?」書類の最上段には「パワフルフェスタ18 応募用紙」の文字が踊っていた。アナウンサーの名は森本真司、その朝、我々は、パワフルフェスタ18の予選会場へ向かうところだったのである。

そう、だからあれは今からちょうど5年ほど前のことになる。その日、予選で見せたP−Aboutの演奏は予想通り素晴らしいものだった。当時のテープを聴くと、(それがいいか悪いかは別にして)、豪徳寺さんの歌はあの頃が一番上手かったような気がする。声にみずみずしさがあり、切なさと力強さを同居させることに成功した希有なヴォーカリストだった。この番組を企画した時、真っ先に彼に声をかけたのも、その“声”の素晴らしさがずっと私の頭の何処かに引っかかっていたからである。おまけに彼には、メインとして番組を仕切っていく者に不可欠の几帳面さと責任感があった。何だかんだと言っても、やはり、“クジラジオ軍団”のリーダーは彼を措いて他にない、と私は堅く信じている。

その日、クジラジオという樹の種がひっそりとまかれたパワフルフェスタ予選の日、P−Aboutが演奏した曲は、タイトルを『LOVE IS WAR』と言った。

その、私が入社以来5年間携わった『パワフルトクシマどないしょん』という番組で、アマチュアバンドの演奏テープを募集したことがある。バンドブームはとうの昔に去り、メロコアブームなどといってろくすっぽコードも知らないような連中がライヴハウスに溢れるようになるのはまだずっと後のことだ。アマチュアバンド冬の時代だった。募集はかけたものの、テープなんて一本も送られてこない。当時まだアナウンサーは八幡さんだったと思う。「やっぱり企画倒れかな・・・」、二人でため息をつき諦めかけていた頃、一枚のMDが送られてきた。バンド名は“BELL'S”。さっそく副調整室で音を聞いてみると、スタジオにマイク一本立てて一発録り、音のバランスなんてお構いなし・・・なんてのを予想していた私の耳に、キチンとミックスダウンされた素人が作ったとは思えない音が飛び込んできた。「な、な、なんだこりゃぁ?」−イントロを聴いただけでぶっ飛んでしまった。今でこそコンピュータ・ミュージックなんて当たり前のようになっているが、当時、“打ち込み”といえば“コムロ系”であった。コンピュータを使ってキチンとしたロックをやっているということ自体が新鮮な驚きだった。−歌が始まる。ひどいダミ声だ。だが、沁み通るような優しさがある。「あぁ、なんだ」−隣で聞いていた八幡さんが思い出したように言った。「思い出したよ。BELL'Sって、美馬さんのバンドじゃない」。

美馬弘一郎。BELL'Sの名は知らなくとも、美馬弘一郎の名は、徳島アマチュアバンド界で半ば伝説化していた。十数年前、サエキけんぞう(パール兄弟)や中内助六(JAYWARK)も出ていた第1回パワフルフェスタでベストヴォーカル賞を獲り、いまだ歌い続ける孤高の“歌人(うたびと)”。MDに収められた2曲を聴き終わるか終わらないかのうちに、私は同封の手紙に書かれた連絡先の電話番号を回していた。

BELL'SのMDはその後しばらく私の愛聴盤となったが、中でも私は2曲目に入ったバラードの方がお気に入りだった。タイトルは−、・・・そう、『哀しみは捨てていこう』である。

そんな3人と今こうして一緒に番組をやっているのだから、まったく、人生というものはわからない。ところで、今夜の日記、『哀しみ〜』『LOVE IS〜』とともに『にこめ』に収録される曲のタイトルがそのままテーマになっている。『出逢い』−。にこめ、いつ出来るんでしょうね?

 

*9月4日

今夜は、かねてからのお約束通り、“ユキタン”を本邦初、ホームページ上での一般公開に踏み切ってみたいと思う。せっかくなのでここで、このユキタンのプロフィールを勝手に作成してみよう。

名前 ユキタン
性別 オス
年齢 生後1年弱
生息地 熊本
好きな食べ物 ちくわ
好きな食器 きゅうす
好きな遊び いないいないばあ
好きな言葉 ホイッ!
好きな音楽 居村章子の歌う『アホの坂田』
将来の夢 小粋な力士

てな具合だろうか。今ふと思ったのだが、夜中の1時に一体私は何をやっているんだろう? 私の人生はこれでいいのか? こんなことやってるヤツが選挙の時とかに特番やって、ホントにホントに四国放送はそれでいいのか、大丈夫なのか??

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ま、この辺りのことを真剣に考え出すとちょっとさすがの私の悩んでしまうので、すかさず今日の日記に移る。今日はクジラジオ1週間の始まり・火曜日。いきなり豪ちゃん発熱の衝撃が走る!…と言うほどでもなく、まぁ、何とかなるだろうと思いつつ番組がスタートした。今日のテーマはズバリ、“居村章子を水着にしよう!”である。

番組前から私一人で密かに作戦を練り、オンエア外で言っても絶対に首を縦に振らない居村をオンエア中の成り行きという形で水着にしてやろう! と目論んだのだが、結果はあえなく失敗。それにしても50本の電話も来ないとは情けない。まぁ、正味のところを言うと、我々男性陣が居村の水着をそんなに見たいかというとそんなことは全然なくて、一種のパフォーマンスだったのだが、リスナーのみんなはもっと期待してるかと思っていた。まさか「アッコちゃんを水着にさせるなんてかわいそう!」などという居村章子擁護派がいたのだろうか。真相はいまもって闇の中である。

で、また今ふと思ったんだけど、(今日はやけにふと思う日だ)、リスのユキタンてどことなく居村さんに表情が似てるよね。うーむ、何だかよく分からないけど、この世の深淵を見た気がする。やっぱモトムラはスゴイね。あのネタの作風でランキング1位だもんなぁ。一体、何食べて生きてるんだろう? ま、何はともあれお疲れさんでした。今日はこれからまだ留守電の編集があるんで、短めで。ばいばいぶー。

 

*9月3日

今日、パソコンが動かなくなった。月曜日は唯一クジラジオの放送がなく平和に過ごせるはずの一日だというのに、何たることか。復旧までに3時間近くかかった。くそー、今夜は秋のさわやかな風に吹かれながらビールでも飲みに行こうと思ってたのに、もう11時じゃねぇか! オ、オ、オレの大事な夜を返せー!…などと力んでも恐らくこれを読んでいるみなさんにとってはどうでも良いことであろうから、次の話題に移る。今回もお題は、前回に引き続き、大漁地引網である。

昨日は4回目の練習。坊主頭がかかっているため、以前とは比べものにならないくらい気合いが入る。何と午後9時からの練習に、一滴も飲んでいない状態で行ったのである。これだけでも私の入れ込み方がいかにスゴイかが、お分かりいただけるはずだ。もうはっきり言ってミラクルである。しかも、だ。9時きっかりに私が参上すると、そこに私よりも早く来ているメンバーが居るではないか。「ん? 誰だ誰だ?」という感じで私が近付いていくと…、おぉ、何ということだ。奥田ではないか! 実はそんなに近付かなくても体型で分かっていたのだが、自分で自分の目が信じられなかったのだ。「そうかそうか、やっとやる気になってくれたか。思えば今まで、デブだのブタだの薄っぺらだのキモイだの人間じゃないだの根性ババ色だのはっきり言ってもう嫁に行けないだのアホだのと、色々悪口を言って悪かったなぁ。ホントは結構いいヤツじゃないか…」などと一瞬思いかけたが、ちょっとでもそんなことを口に出そうものならソッコーでつけあがりそうなのでやめた。

9時5分。メンバー全員が揃い、練習開始。この日は山アのお知り合いで女性ヴォーカリストのHさんが来て、“お手本”という感じで歌ってくれた。さすがに上手い。当たり前だけど、奥田とは迫力が違う。うーむ、やっぱりヴォーカルを変えて新メンバーで! などという考えが私の頭の中をよぎ………ったりはしていない。もしかしたら何かの拍子に奥田もこのページを読むかも知れないから、この辺の記述には私も気を使ってタイヘンである。で、肝心のこの日の出来であるが、相変わらず山ア・プッチーは完璧、ドッキー・工藤もまぁまぁ、奥田もホントにやる気が出てきたのか、前回よりも格段に声がよく出ていた。ただこの日は、一滴も飲まなかったのがいけなかったのか、私が全然弾けなくてミスを連発してしまった。だがみんなは私の細かいミスなんかはどうでもいいみたいで、ひたすら奥田の歌にばかり注目が集まっていた。「発音が悪い」「音程メチャメチャ」「まだ声が出てない」「リズム感ゼロ」−。みんなの(と言っても主に私だが)罵声が飛び交う中、奥田は得意のマイペースで練習を乗り切り、気が付くと同じ曲ばかりを3時間も練習していた。もう12時である。私が「腹が減ってもうワンフレーズも弾けない!」と強硬に主張したので練習は終わったが、放っておくとまだまだやりそうな雰囲気だった。やっと我がバンドにも活気が出てきたようである。

私自身も経験があるが、楽器の連中はまだしも、ヴォーカルが3時間も歌い続けるのは体力的にも相当しんどい。「よくがんばった」とホメてやろうと思ったが、そんなことをすればまたもや調子に乗って、次回の練習まで個人レッスンなど全くしてこなくなる事態が目に見えていたので、やっぱりやめにした。練習終了後、「大野D、坊主確定!」と思い込んでいるドッキー・工藤に奥田は「誰も坊主にしろなんて、言ってないのにねー」と、落ちてもわしらのせいじゃないもんね、うちら知ったこっちゃないけんね的同意を求めつつ、私に向かって「(よくも今日も私のことをいじめてくれたわね)今晩、イタ電するから」と捨て台詞を残して去っていった。

その夜、私は「やっぱりあの時、褒めたりしなくてよかった」としみじみ思いつつ、携帯の電源を切って眠った。

 

*8月31日

発作的にこんなページを作ってみた。考えてみれば私のやることはいつも発作的で、結果的に自分で自分の首を絞めているような気がする。とにかくこのページはチェキ男の手が入っていないので、恐ろしいくらい芸がない作りになってしまった。おまけに今、夜中の二時半である。これからまだ山のような仕事が残っている。HPにばかりかかずり合ってはいられないので、さっそく本題に入るとしよう。

と、改行してみた。一行開けずに改行する方法が分からないので一行開いてしまったが、ま、気にしないように。このページは、はっきり言ってしまえば、“リスのユキタン”や“フレッシュジャイコのイラスト”、それに“ストッキングを被ったプッチー”などを載せたいがために作った。HPの他の箇所ではフォローしきれないオンエア内外で起こる様々な面白いことを、このページで紹介していこうというわけだ。もちろん、楽屋話もバンバン書いていく。クジラジオリスナーの中でもひときわマニアックなあなたにオススメ、初心者には何が何だか分からない超マイナーな日記ページである。

と、このページの趣旨を説明し終わったところで、また改行。しかし、改行するたびにこんなことばかりも言ってられないので、先へ進む。今日のテーマはズバリ、““大漁地引網””だ。大漁地引網と聞いて、「ん? なんだなんだ、どうしてラジオ番組に漁の話が出て来るんだ?」と思ったキミは、トップページに戻って隅から隅までさがしてみるといい。そこから謎が解けるはずだ。で、大漁地引網であるが、パワフルフェスタの予選まであと1ヶ月、はっきり言って絶望的な状況である。おまけに今日、もののはずみで「予選落ちしたら坊主になる!」と言ってしまった。一大事である。ただでさえモテないのに、坊主になんかなったらオムコに行けなくなってしまう。しかし今のままでは予選突破は至難の業、ぶっちゃけて言えば、あと1ヶ月で本選に出られるようなバンドになるのは“奇跡”と言っていい。いや、バックのメンバーには問題はない。ま、練習中に多少酒を飲み過ぎるきらいはあるが、演奏に関しては一月マジメにやればそこそこサマにはなるだろう。問題はもちろん、“ヤツ”である。もうここまできたら、歌が上手い下手の問題ではない。これはすでに、奥田智子という一人の人間が、“努力”をすることができるか、言い換えれば我々メンバーが奥田智子に“ヤル気”を起こさせることが出来るか、というきわめて根源的な問いなのである。今日の番組終了後、私は彼女に「勝ち負けはどちらでもいい。ただ、一生懸命になった者だけが流せる美しい涙が見たい」と言った。あの薄っぺらでわがままで言い訳だけは天才的な彼女に、私の声は届いただろうか。だがー。私は信じている。奇跡はあるのだと。この世の中に叶わぬ夢など絶対にない。私達がこの手でそれを証明してみせる。奇跡は“起きる”のではなく“起こす”ものなのだ。パワフルフェスタ決勝、あのたぬきまつりのステージでリスナーのみんなと会えることが今の私達の小さな夢なのである。

小さな夢はしかし、きっと大きな夢への架け橋である。だが我がバンドのヴォーカリストは、私の頭をバリカンで刈れる日を楽しみにしているようだ・・・。