「由岐の狸」

      “ヘチマ買の「おさよ」”

      海部郡由岐町西の地の泉由幸さんの家は、むかし、和泉屋九兵衛といって、代々、紺

     屋であった。屋号を「紺久」といったが、あるとき、店へ毎晩のようにヘチマを買に来

     る美しい娘があった。そして、夜が明けると昨晩のお金がみんなシバの葉に変わってい

     たそうである。

      この狸は由岐の城山に住む「おさよ」という有名な狸であったという。おさよも紺久

     もともに昔の由岐城の跡にいたので店の方でも「このど狸め!」などといわず、シバの

     葉と知っていても「おさよ狸のことじゃ、まあ、渡してやれ」と、毎晩、ヘチマをあた

     えたのであろう。

      ただ、そんなにたくさんヘチマを買って、どうするつもりであったのかは分からない。

     女の狸だからヘチマの繊維に山の木の葉や草の実をからませて、きれいな織物を織った

     のかもしれない。

      後におさよは徳島へ来て佐古の諏訪山へ嫁入りしたというから、このときのヘチマで

     作ったヘチマゾウリを履いて長い道中を歩いていったのかもしれない。おさよは徳島へ

     行ってもなかなか力があって、お諏訪さんのふもとの芝居小屋で興行するときに、おさ

     よ狸に頼むと必ず大入り満員になる。そして、打ち上げのとき、お礼にアブラゲを供え

     ると、その晩は佐古に狸がたくさん集まってきてドンチャカホイ、ドンチャカホイと、

     皆で芝居の真似をしたそうである。

      向(むかい)山の狸は、夜道を行く人を迷わせた。何代目かの久兵衛さんも東由岐の

     天神祭りの帰りにやられて、真夜中の向山に向かって、大声で何回も何回も帰ったこと

     を告げて早く戸を開けてくれと言っていたということであった。

       (飯原一夫著「阿波の狸」徳島新聞社刊より)