
狸の民話
「祖谷の狸」
“橋が二つに見える”
東祖谷山村の「阿佐」の西に「小川谷」というのがあって、その谷のつり橋を渡ると
「小川」という所へ出るが、橋の辺りに狸がいて、夜、橋を渡ろうとすると橋が二つに
見えたりする。そこで、なるべく夜は通らないようにするのだが、急病人がでたりする
と仕方がない。この辺りでは医者は阿佐だけにしかいなかったので、川の西側の人は夜
でもつり橋を渡らなければならない。早く行こうと思うのに狸が邪魔をする。
「目で見ようとするけん、橋が二つに見えたりする。いっそ見えんのがええわ!」と、
手拭で目隠しをして、手さぐりで橋をつかまえる。そうすると本物の橋がわかって無事
に渡れたということである。
また、このつり橋で「助けてえ!」と女の叫び声。続いてドボンと水に落ちる音。近
所の者が走って行ったがなんの変わったこともなかった。……年を経た古狸は、時なら
ぬ声や音をたてて人を驚かすということである。
“巨岩が転がり落ちる”
落合川の上流に「十九谷」という谷川がある。あるとき、近くの落合小学校の先生が
三人で魚を付きに行った。日暮れになった頃。突然、上から石が落ちてきた。それも大
きなやつで、バサン、バサンと転がってきたのが、頭の上を跳ね越えて目の前の川へド
ボンと飛び込んだ。皆、思わず首をすくめたが、不思議なことに「バサン、バサン」も
「ドボン」も音だけで、しぶきもみえないし石も見えない。三人の先生は顔を見合わせ、
ものも言わず、あわてて逃げて帰ったという。
(飯原一夫著「阿波の狸」徳島新聞社刊より)