狸の民話

     「石井の狸」

      “飯尾川で、ええ湯じゃ!”

      石井に「天神」という所があって、すぐそばを飯尾川が流れているが、この土手のヤ

     ブの中に狸が何匹も住んでいて、雨のショボショボ降る晩には必ずといってよいほど出

     たそうである。「天神には狸がでるぞ!」と分かっていても蛇の目ガサを差したベッピ

     ンさんが、にっこり笑って手招きすると、男は思わずつり込まれるということであった。

     フワフワと付いていくと、この辺りでは見たこともない大きな門構えの屋敷があって、

     立派な屋敷へ通される。台に盛った豪華なごちそうが出て、オチョウシも付いている。

     おまけに、ちょっと開けたフスマの間から隣の部屋に敷いてあるきれいな布団の金銀が

     ピカピカ光ったりする。「どこでどう間違うてこんなうまい話になったんかいな?」と、

     ひとり、にこにこしていたら「お湯のかげんがええので、お風呂お召しなして」と言っ

     てくれる。「ああ!ええ湯じゃ!極楽じゃ!」と、夜の夜中に冷たい飯尾川の流れでパ

     チャパチャする人が、たびたびあったという。

      こんなに言うと、狸がきれいな女に化けて出たら、男は皆だまされるように聞こえる

     が、なかには、しっかりした人もいて、狸が「やりにくい!」と言ったそうである。 

       “嫁入り道具を運ぶ”

      石井には「中島の新宮さん」にも狸の一族が巣をつくっていて、近くに婚礼があって

     人が嫁入道具を運ぶと、そのまねをすることがあったという。

      ある晩などは中島から隣の在所の「高畑」まで何十という麦わらの束を持って行き婚

     礼のあった家の軒先へ山のように積んであったということである。

       (飯原一夫著「阿波の狸」徳島新聞社刊より)